『10Years』
 女は、初恋の男を一生忘れない。
 何かの本で見つけた言葉だけど、私の胸に強く焼き付いている。
 その言葉通り、心に焼き付いて離れない人がいる。
 いくつ恋をしても、誰とつきあっても、初めて恋をしたあの瞬間から、忘れたくても忘れられない、心の中から追い出したくても追い出せない人がいる。
 結局実らなかったけど、心の奥に大切にしまっている恋がある。
 
 そして、それは十年目に思い出から、一生消えそうにない「宝物」に変わった。
  
 「結花?森山結花(もりやま・ゆうか)だろ?」
 真夏のある日曜日。
 一人でショッピングを楽しむ私が声をかけられて振り向くと、そこには中学の時の担任・一堂高生(いちどう・たかお)氏が昔と変わらぬ笑顔で立っていた。
「一堂先生!お久しぶりですね」
私も笑顔で返す。
「もう卒業して9年だろ?いまさら『先生』もないんじゃないか」
苦笑いする彼。
「いーえ、何年経とうが先生は私たちの『先生』なんですから」
 
 こうやって気軽に話ができるようになるまでいったいどれくらいかかっただろう。
 いつも近くにいられた中学時代、気がつけば先生の顔を見て話をするのが苦しくなっていた。
 
 14歳、中学2年で彼と出会って、恋をした。
 だけど、10歳の壁をこえられないことを理解できないほど私は子供ではなく。
 日に日に心に積もっていく想いを打ち明ける勇気すらもてないほど、あの人は遠すぎた。
 言おうと思えば言えたのかもしれない、でも、始めからダメだとわかっているのに『当たって砕ける』=告白などもできず。
 卒業しても消えることない思いを心の奥にくすぶらせたまま、新たな恋に走ることもできずにいた私の元に飛び込んできた、先生の結婚話。
 憧れ続けていた『彼の隣』に立つ人は、中学時代、ふたりが仲よさそうに話しているのを見るにつけ、私がひそかに嫉妬し続けていた副担任の女の先生で。
 絶対無理だと思いつつも、心の中で抱き続けた『もしかしたら』の想いは完全に打ち砕かれ、その時に改めて初恋の終わりを悟った。
 それから10年経った今もなお、別の人を好きになった今でも、一堂先生は私の心の中の住人だ。

 「時間あるか?茶でも飲もーぜ」
 彼につれられて入ったその店に、私は見覚えがあった。
 「覚えてるか?ここ。」
 忘れるもんか。一度だって忘れたことなんかない。なぜってここは思い出のあるところなのだから。
 中3の夏、塾の夏期講習に参加していた私は、テストの成績が悪くて塾の講師に散々嫌味を言われ、そのまま家にも帰りたくなくて街をふらふら歩いているところを一堂先生に補導(?)された。そしてつれてこられたこの店で、先生に泣きついてしまったのだ。
 「あの時は、俺が歩いていたらむこうから結花が泣きそうな顔してふらふらと歩いてきたから、このままじゃやばい、って思ってつれてきたんだ」
いたずらっぽく笑う彼、ひきつり笑いする私。
「・・・なぁーんてね。もっともらしいこと言ってっけど、本当はおまえを見かけた時、休み中なのに結花に会えた、なんてラッキーなんだって思って、どんな顔してたってここにつれてくるつもりだったんだ。」
軽い口調だったけど、目は真剣だった。
「な、何言ってんの、先生ってば」
あわてて視線をそらし、紅茶を一口。 その視線で心の中まで見透かされそうな気がして。
 
 「こっち向けよ、結花」 
 すうっ、と先生の大きな手が頬に触れて、私の顔を自分のほうへ向ける。
 触れた指先から伝わる彼の体温が、なおさら私をどぎまぎさせる。 
 
 ほんの数秒前まで、にこやかに昔の話をしていた彼の顔から、完全に笑顔は消えていた。
 その瞬間、私の耳に飛び込んできたのは、あまりにも予想外の言葉だった。
 
 「今だから言えるけど、俺は10年前、おまえのことを好きだった。」
 
 今、彼は私になんと言ったのか。空っぽになった頭の中、何も考えることができない。
 確かにその言葉は耳に届いているのに、自分に言われたのが信じられない。
 10年前に夢見たその言葉をまさか10年後聞くことになるなんて。

 「・・・おかしいだろ、24の男が10歳下の、しかも自分の教えてる女子生徒に恋をするなんて。もうそれだけでいけないことだって思ってた。だから見つめることしかできなかった。」
 
 何か言いたいのに、言葉が出てこない。
 胸の奥に閉じ込めた想いがあふれ出してきて、何かを言おうとするのを邪魔する。
 自分の胸の鼓動だけが、やけに大きく聞こえる。

 「おまえが14のガキの頃から、俺はおまえを『女』としてみていたんだ」
 
 夢じゃないか、と思った。
 時間が経てば何もなかったように消えてく夢なんじゃないかと思った。
 10歳上の人が自分に恋心を抱いてくれてたなんて、今じゃ出来過ぎたドラマや少女マンガでさえもお目にかかれないというのに。

 だけど、今ならきっと素直に言える。 十年間、心の中に閉じ込めてた思いを開放できる。そう思った。
「あの頃、私、先生のこと好きだったんです」
十年分の思いを込めてたった一言、つぶやいた。

 それだけ伝えるのが精一杯で。
 そのときの彼がどんな表情をしていたのか、それすら確かめるのが怖くて、まともに見ることが出来なかった。

 「結花、まだ何か用事があるか?」
 二人の間に流れた沈黙を破って、先生がつぶやく。これといって用事のない私は首を横に振る。
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれないか。」
 駐車場に止めてあった車に乗り込む。
 さっきの先生の告白のせいか、何を言っていいのかわからず、沈黙したふたりを乗せた車はこれといったあてもなく街を走り抜ける。

 「先生、どこ行くの?」
 「・・・結花と一緒なら、どこにでも。どっか行きたい所あるか?・・・嫌なら、このまま家まで送るよ」
 嫌なわけなど、なかった。むしろ、時間の許す限り先生と一緒にいたかった。
 
 海へ向かってドライブして、その間中、よくもこんなに話題があるもんだ、というくらいに、空白の時間を埋めるようにあの頃の思い出話や、今に至るまでの自分のことをお互いに話したり。
 降り立った海岸で、なんかベタな行動ね、と笑いながら砂浜を散歩したり、携帯のカメラで互いを撮り合ったり。
 今となっては実現しようのない、傍から見ればまるで『恋人と二人の時間』を満喫している、私たちがいた。

 「どうして俺たち、10年前に今の年齢で出会えなかったんだろうな。14歳と24歳じゃすごく違和感あるのに、今の24歳と34歳だと、同じ年齢差なのにそんな変な感じはしないだろ?・・・そしたら・・・」
 すっかり日が暮れた帰り道、信号待ちの交差点。
 つぶやいたその後は街のノイズにまぎれて聞こえなかったけれど。
 本当に10年前に今の年齢で出会っていたなら10年後の現在を二人で歩いていたかもしれない。
 だけど、今さらつながってた赤い糸を確かめあっても二人の間がどうなる、というわけでもない。
 
 なぜなら、私たちにはお互い、大事なパートナーとなる人がそばにいるのだから。

 「結花、招待状ありがとうな。式には必ず出席するよ」
そんな先生の言葉に、私は精一杯の笑顔でうなずく。
「人のものになる前に、結花に言えてよかったよ。すっきりした」
「私も・・・。このまま心の中に閉じ込めたままじゃすっきりしないし、彼にも悪いから」
言ってくれるじゃないの、と苦笑いする先生。
 
 交差点の信号が青に変わる。
 走り出した車。どんどん家に近づけば近づくほど、どうしようもない、表現の出来ない複雑な思いが込み上げてきた。
 さっきの先生の言葉じゃないけど、どうして10年前、今の24歳という年齢で出会えなかったのだろう。
 そしたら私はためらわずに好きだといえた。少なくとも14歳の時よりは、先生の隣にいても何の違和感はないはずだ。
 
 今日あの場所で出会えたのは単なる偶然じゃないと思いたい。
 今年の春の人事異動で、先生がこの街に再び赴任したのを知ってから、いつかは会えそうな気がして、外出するたびにあの喫茶店に行ってみたりもした。
 結婚まで決まったというのに、一緒に歩んでいくことを決めた人が隣にいるのに、やっぱり先生は私にとっては特別な存在で。
 どうしても会いたかった。この街に、先生が帰ってきたと知ったあの日から。
  
 とうとう、私の家の最寄駅が見えてきた。
 結花の知り合いに会って変な誤解されちゃいけないから、と人気の少ない駐車場に車を止め、助手席のドアを開けて私が車から降りるのに手を差し伸べながら
「今日はつき合わせて悪かったな。ありがとな、楽しかったよ」
そう笑顔で告げた先生に呼びかける。
「先生!」
振り向いた先生に、私はずっと言いたくて、でも言えずにいた気持ちをぶつける。

 「ねえ先生!もし、今も先生がまだひとりで、あたしもフリーの状態で出会えたとしたら、あたしたち一緒にいられたかな!?」

 言葉はなかった。
 いや、それが返事のかわりだったのだと思いたい。YesなのかNoなのか、それはわからないけれど。
 それは一瞬だったのかもしれない、でも少なくとも私にとっては永遠に等しい価値のある時間、だった。
 初めての、だけどもうきっと二度とありえない、先生からのきつい抱擁と、キス。

 まっすぐ交わす視線。真剣だけど、でも温かみのある、私が好きになった先生の表情。
「じゃあな、結花。・・・・幸せになれよ、必ず幸せになれ。俺は見てるから。
俺の大事な結花のこと、俺は幸せにできなかったけど、遠くから見守ってるから」
そう告げて車に乗り込んだ先生。やがて車が走り出すと同時に、あたしもくるりと背を向けて歩き出した。
 見送ったらいけない、なんだかそんな気がした。それはきちんと初恋から卒業する為に。今いる現在を生きていく為に。  

 
 そして私たちは別々の道を歩き出す。
 それぞれの選んだ人と一緒に歩き出す。
 それぞれの幸せを目指して。
 ・・・私たちは、別々の道を歩き出す。

 
 十年かけて確かめあった恋があった。
 結局叶うことはなかったけれど、その人と、その人への私の思いは、私の中で永遠に残る『宝物』になった・・・。
                                

『10Years』 【終】

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From Yuzuki
初恋の人が学校の先生だったせいか、わたしの小説には『生徒と教師の恋愛』をモチーフにした物語がかなりあります。
この『10Year』の原型を書いたのってもう10年以上前、だよなあ・・・。
あの時はまだワープロで原稿作ってて、パソコンなんて会社でしかお目にかかれなくて。
当時所属していたサークルのリーダーがMac使って会報の編集してるって聞いたときは「うわー、Yさん(リーダー)すげー!!」って、ある意味尊敬の眼差しで見ていたような(笑)。
それが今じゃ、パソコン・ネットなしの生活って考えられませんもんねえ、私的には。
10年で世の中ってこんなに変わるんだよなあと改めて痛感。

この物語は、『ルミエルシリーズ』ともリンクしています。
一堂と結花が入った喫茶店を『ルミエル』という設定にして、この二人の場面をルミエル側の視点(マスター・直加・宮森)で書いた物語です。
よかったら、こちらも。    

⇒『ルミエルシリーズ』番外編:『ある夏の、よく晴れた日に。』 へ


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