「ある夏の、よく晴れた日に。」
       緩やかな坂道をのぼり切った、街を見下ろす高台にその喫茶店はあった。
       少し古びたドアを開くと、そこには気持ちのいい音楽が流れ、
       一日中差し込む柔らかな光は、暖かで穏やかな雰囲気をかもし出している。
       そんな雰囲気に重なるような、穏やかな、人の良さそうな笑顔をした、
       眼鏡をかけた長身の青年がこの店のマスター・桑原基(くわはら・もとき)である。
       そんな彼がいるからこそ、この店にはいつもたくさんの客が訪れる。
       その店の名は、[Lumire](ルミエル)と言う。

 ♪かららん♪軽やかな音とともに開くドア。
 「いらっしゃいませ!あ、結花先輩!!」
 「やあ、久しぶりですね、一堂さん」
・・・あたしとマスターがその二人に声をかけたのはほとんど同時だった。
 
 真夏のよく晴れたある日、ルミエルにやってきた一組の男女。
 女性は最近この店に来るようになった高校時代の先輩、森山結花(もりやま・ゆうか)さん。
 いっしょに来た男の人は初めてみる顔だけど、どうやらマスターとは知り合いのようだ。

 「あれ、一堂さん?あんたこっちに帰ってきてたんだ」
少し遅れてやってきた宮森さんも、どうやらこの男の人を知っているようだ。
「ああ、今年の春にまたこっちの学校に転勤になったんだ。ご無沙汰して申し訳ない。マスター、宮森くん」
マスターたちにひととおり挨拶をして奥の席についた二人にそれぞれの注文の品を運んで、あたしは早速気になってたことを聞く。
「あの、結花先輩といっしょに来た人、マスターたちと知り合いなんですか?」
「……直加。まぁたおまえはそうやっていちいち首を突っ込む。そのやじうま根性どうにかしろよ」
からかうような口調の宮森さん。それでも、結花先輩と一緒に来た男の人は昔この店の常連だった、市内の中学校の先生だということを教えてくれた。一方のマスターはといえば、腕組みして何かを考え込んでいる。
「マスター?どうかしました??」
恐る恐る聞いてみてもどうやら耳には入らないようだ。
「……そうか、あの子だったのか!」
突然何かひらめいたようにつぶやくマスター。
「なんかあったんですか、あの二人!?何か思い当たることでも?」
何がなんだかわからないあたしに、マスターはゆっくりと話し始める。

 「・・・10年前、僕が先代からこの店を引き継いだ頃なんだけど。一堂さんが中学生ぐらいの女の子を連れてきたことがあるんだ。こんな暑い季節なのにその女の子がものすごく青白い、今にも泣きそうな、ちょっとつついたら倒れてしまいそうな顔をしててね。大丈夫かなぁ・・・って思ってたら、今二人が座ってるあの席で、女の子が泣き出して。なんかすごく強烈に覚えてたんだ。結花ちゃんがこの店にくるようになってからずっと、どっかで見た顔だよなあって思ってたんだ・・・そうかあの時の子が、結花ちゃんなんだ・・・」
「あーそういや、一堂さんが言ってたっけなあ、担任してるクラスの子だ、って。そりゃーもう気になって気になってしょうがねえ、って顔で。」
宮森さんも思い出したらしく結花先輩のほうをちらちらと観察している。
「あのときの女の子が、こんなに綺麗になったんですねえ・・・・」
しみじみとつぶやくマスター。それは、この店でずっとお客さんたちを見てきたマスターならではの言葉だと思った。
 少なくともマスターがこの店に来てから10年、マスターはこの店に集う人々を優しく見守ってきた。まるで、この店に差し込む陽射しのように静かに、そして優しく穏やかに。

 そのうちに結花先輩たちの近くのテーブルにいたお客さんが帰り、あたしがそのテーブルを片付けていた時、聞くつもりはなかったけれどはっきりと耳に飛び込んできた二人の言葉に、思わずどきっとした。


 「今だから言えるけど、俺は10年前、おまえのことを好きだった。……おかしいだろ、24の男が10歳下の、しかも自分の教えてる女子生徒に恋をするなんて。もうそれだけでいけないことだって思ってた。だから見つめることしかできなかった。」
 
 「……あの頃、私、先生のこと好きだったんです」


 10年越しの告白!?しかも当時両思いだったのにお互い言えずに10年経ってしまったってこと!?
 なんだか自分のことのようにどきどきした。ひょっとして、このまま付き合うってことになるのかなあ?
 すごーい、10年越しの恋も結ばれることがあるんだ!なんだかわくわくしてきて、でもさりげなさを装いながら急いでテーブルを片付ける。そして先輩達が二人そろって出て行くのを見送ったあたしは、マスターたちに報告する。

 「聞いてくださいよ!あの二人、10年越しの告白してたんですよ!これって、すごいと思いません?10年越しの思いが今伝わるなんて、素敵ですよね!!あの二人、これから付き合うんでしょうか??」
まるでマシンガンかなにかのようにまくし立てるあたしに、苦笑いするマスター。
「さあ・・・それはどうかな・・・」
さらに追い討ちをかけるように呆れ顔の宮森さんが続く。
「おまえ、それってここで井戸端会議するオバちゃんたちみたいだぜ・・・いちいち客の話に首つっこむのはやめろよ。第一、見なかったのか?あの二人のココ」
そう言って宮森さんは右指で自分の左手薬指を指し示す。
「あ・・・・・・。」
その意味が何だかわかったあたし、一気にへこむ。
「わかっただろ?おまえ、一番客と接触するんだから、それくらい見てるかと思ったけどな。もう一回思い出してみろよ、あの二人の告白を。なんて言ってた?」

 『今だから言えるけど、俺は10年前、おまえのことを好きだった。』
 『・・・・あの頃、私、先生のこと好きだったんです』
 
 あの二人、薬指に指輪してた。そういえばどっちの告白も過去形だ。あーなんかあたし、ひとりだけ盛り上がってバカみたい!

 そういえば結花先輩もうすぐ結婚するって言ってたし、あの先生だって、10年前にマスターと知り合いならどうしたって30代半ばだ。男の人が左手薬指に指輪してるなんて、結婚指輪以外にありえない。
 これで二人が現在進行形で恋してるとなったら大ごとじゃん!不倫じゃない!!…と、ひとりで赤くなったり青くなったりするあたし。それをおかしそうに見ながら、
「直加・・・おまえ、それぐらい見抜けなきゃ、観察できなきゃ『オトナの恋』は出来ないぜ!?」
余裕たっぷりに言う宮森さん。く、くやしーっ!!  
「まあでも、そうやって人のことに一生懸命なれるところ、ちょっぴり早とちりなところが直ちゃんらしいじゃないですか」
マスターが、あのお日様のような穏やかな笑顔で言う。
 
 あー・・・あたし、マスターのこの笑顔に弱いんだよなぁ・・・。
 オトナの恋、かあ。
 あたしだってそりゃ憧れてはいるさ。でも、今のまんまじゃ無理だよ。あたしは、マスターの肩越しに見える、とても綺麗な笑顔で微笑む女性(ひと)の写真を見つめる。
 8年前に亡くなった、マスターの奥様。 この人には、かないそうにない。

 「まあちょっとはがんばらないとな。おまえの恋のライバルは、最強だぜ?死んだ後も誰もが認める『いい女』なんだから。」
こそ、っと耳元で囁いた宮森さん。・・・気付かれてる!?再び青くなったあたしに
「あったりまえだろ。おまえの態度結構バレバレ。気付いてないのマスターぐらいじゃないのか!?」
にやにや笑いながら告げる宮森さん。
「う、っるさーい!」
わめき散らすあたしの姿がよほどおかしいのか、お腹を抱えて笑い転げる宮森さん。

 でも、本当にがんばらないとな。
 奥様に勝てるわけないのは百も承知。でもそれじゃあきらめられないくらい、マスターは素敵なんだもの。
 いつかあきらめてしまうかもしれないけれど、結花先輩達みたいに10年越しに思いが伝わる事だってあるんだもの。がんばらなくっちゃ!

 「ほれ、直加・客来たぞ。接客、接客!」
 ドアの向こうに見える人影。もうすぐ入ってくるこの人を、いい笑顔で迎えよう。それが、この店でのあたしの役目なのだから。
 
 ♪かららん♪ドアが開いてお客様が入ってきた。あたしは精一杯の笑顔で、こう告げるんだ。

 「―いらっしゃいませ!」

『ある夏の、よく晴れた日に』 【終】

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From Yuzuki
ある夏の、本当になんでもない昼下がりの『ルミエル』の風景。
この物語は同日にUPした「10Years」とリンクしています。
もともと「10−」は原作を10年近く前に書いてるのですが、サイトに載せる為の編集作業をしていて、
「そーいや、結花と一堂が再会して旧交を温めあう喫茶店が『ルミエル』だったら面白いなあ」、と思いついて、その日半日がかりで一気にこの話を書き上げました。
こういう、よその物語のキャラや設定がお邪魔するのって、面白いですよねえ。(私だけですか??)
本編「10Years」と一緒にこちらもお読みいただければ楽しみも倍増かと。


⇒『10Years』 へ 


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