『眼鏡越しの空』
 〜♪大嫌いだった眼鏡はずせない この何日も 「気をかくす」にも「ちゃんと見る」にも都合がいい
    大嫌いなのは眼鏡じゃなくこんな自分 ガラスの奥で叫んでいても誰も気づかない
    防御壁の役ばかりでごめん やってみるね 私をきちんと見せてくれるレンズに変える♪〜
 
 「やーい・やーい・トーコのブスー!めがねざるー!!」
 教室では最近おなじみの風景。男子たちのはやしたてる声。
「トーコのいい子ぶりっこー!チクリ魔ー!!」
一部から上がる非難の声。
「ちょっとやめなさいよ男子ー!もとはと言えばあんた達のせいでしょう!?」
対抗する女の子達の声。
 
 ことの起こりは、こうだった。
 あたしのいる4年1組には、からだの弱い女の子がいる。体育なんかはいつも見学、おとなしくているのかいないのかわからないような女の子。
 その子のことをいつもからかったり、ちょっかいだしてる男子がいた。あたしはその女の子のことをかばった。そのうちそれを誰かが先生に言いつけたせいで、その子たちは先生に説教された。その後、「言いつけたのは牧島瞳子だ」と誤解した男子達のターゲットが今度はあたしになった、というわけ。
 
 その頃、あたしは眼鏡をかけ始めた頃だった。だけど、小学4年生で眼鏡かけてる子なんてそういるもんじゃない。現に、この組ではあたし一人だった。
 重くて、わずらわしい大嫌いな眼鏡。それをねたにからかわれたあたしはついにきれてしまった。悔しくて、泣きながら叫んだ。
「こんなもの、好きでかけてるんじゃない!」
男子の方をにらみつけたのと、
「うるせー、メガネブスは引っ込んでろ!」
と誰かが叫んで何かをあたしに向かって投げつけたのとほぼ同時だった。
 よける間もなく、かしゃん、と言う軽い破壊音とともにまぶたに走る鋭い痛み。女子の悲鳴。あたしの目の前が真赤になり、目が開けられない。ようやく開いたもう片方の目に映ったのは制服を染めた血の赤いしみと涙のしみ。   
 騒然とする教室の中に、一人立ちすくむあたしだった・・・。

 



 がっしゃーん、という破壊音。そこであたしの夢が途切れる。
「瑶子!いいのよここは。ママがやるから。無理をして倒れたらいけないわ」
「ママったら・・・もう小さい頃の私じゃないのよ。お料理ぐらいできないとお嫁にも行けないわ」
「なに言ってるの、昨日も貧血で早退してきたじゃないの。瑶子は座ってて。ママと瞳子でやるから・・・瞳子!いつまで寝てるの?起きて手伝ってちょうだい」
・・・はいはい、そんなに言わなくても起きてますわよ・と心の中で言い返しつつ制服の上からエプロンをつけ、ベッドサイドにおかれた眼鏡をかける。もう何年も繰り返されてきた朝の風景。
 身体の弱い7歳上の姉・瑶子(ようこ)にかまってばっかりの両親は、その下の娘が今も8年前の悪夢にうなされていることも、いくら不便でも眼鏡を外さないわけも気づいていないだろう。気づかれたところで、どうしろと言うわけでもないし、そんなことを話す気などさらさらない。
 心の底まで冷め切ってる、牧島瞳子・16歳の夏・・・。


 「おっす、瞳子。A組はR(リーダー)の授業あるだろ?ノート貸してくれよ」
 家を出ると、隣家の同級生、永井亨(ながい・とおる)がにこにこして立っている。
「や・だ。」
その笑顔を無視してすたすたと歩き出す。角を曲がると、同じく同級生の笹原美和子が待っていて、今度は美和子に同じことを言う亨。 
「いやよー。亨に貸すとしばらく帰ってこないもん。瞳子ちゃん、亨はほっといて学校にいこ。」  
「ちぇーっ、二人して何だよー」
これも、毎朝繰り返されるいつもの風景。
 近所に住んでいるせいか、幼稚園から高校まであたしたち3人のくされ縁(?)は続いている。 
「今日も暑くなりそうだねぇ」
雲ひとつない空を見上げて美和子がつぶやく。
「やだねーこう暑いと。めがねに汗がたまっちゃうんだよね」
あたしは眼鏡をハンカチでふきながらぼやく。 
「だったらコンタクトレンズに変えればいいだろー」
あくまでものーてんきにつぶやく亨。
「バカ!片方いくらすると思ってんの!?安くても2万よ、2万!!手入れも大変だし、ほこり入れば痛いし、あんなちっちゃいものに苦労するなんてまっぴらごめんよ!」
・・・なんて言うのは嘘。コンタクトレンズは高校入学と同時に作ってもらった。だけど使わないのには理由がある。

 今も忘れられない小4のあの日。何かをぶつけられた拍子に眼鏡が割れ、その破片でまぶたを切った。あと5ミリ下だったら瞳に傷がついて下手すれば失明、と言うほどの深い傷だった。
 失明は免れたものの、傷跡が残った。7年たっても眼鏡をかけていないと傷があると人に気づかれるほどはっきりと残っている。
 亨も、その原因になった男子たちのグループの中にいた。なのにそれを忘れてしまったのか、単に気づいていないだけなのか、こういう発言をしてくれるから腹が立つ。  


 「よし、今日はこれで終わり。・・・と、それから牧島、後で俺のところに来い。」
ホームルームが終わる間際、担任があたしにそう言い残して出ていった。
「瞳子ちゃん、何かあったの?最近本並先生の呼び出し、多いね」
美和子が心配そうな表情であたしを見る。 
「たいしたことないわよ。だからみんなと先に帰っててくれる?」
わかったわ、と美和子がうなずく。
「とーこさーん、ドーナツ屋で待ってるからさぁ、本並とさっさと話つけてきなよ」
絵里の言葉に苦笑いしつつ、あたしは教室を後にした。

 「・・・・失礼します」
「おっ、来たな瞳子」
視聴覚室にいる本並先生を訪ねていくと、彼はにこにこして手招きし、机の中から紙袋を取り出す。  
「これを、瑶子に届けてくれる?」
「もう、いい加減にあたしを仲介役に使うのはやめてよねー」
誰もいないのであたしはいつもの口調に戻してしゃべる。・・・というのも、本並先生こと本並佑哉(ほんなみ・ゆうや)氏は瑶子姉さんの高校・大学の同級生。中3の時、塾には絶対に行かないと主張したあたしの家庭教師を務めてくれた。
 だから彼が今城山高の教師で、しかも自分の担任でも、先生と言うよりは親戚の兄ちゃんみたいな気がしてる。
「それと、瞳子、おまえこの間この曲聞きたいって言ってただろ」
そう言って、今度は別の紙袋を取り出した。中にはCDが入っている。 
「うわぁーありがとう!これずっと探してたんだよねー」 
「返すのはいつでもいいからさ、ちゃんと勉強しろよー。今度の期末は難しいぞー。記録を伸ばすよーにがんばってくれよな」
「ご心配なく。やるときゃちゃんとやるから」
 記録と言うのは、本並先生の担当する英語の試験で、1年の1学期の中間試験から2年の1学期の中間試験まで、学年1位をあたしが取り続けていること。本並先生がおもしろがってどこまで記録が伸ばせるかつけているのだと言う。
 あたし自身、本並先生の授業だけは何があろうと集中して聞いているし、試験でも良い成績が取りたいから他の科目以上に勉強する。
 何がそうさせるのか、それが恋のせいだと気づいたのは1年前。だけど・・・
「・・・じゃあ、それ頼むな。最近瑶子と会う暇ないから。今度、電話するからって言っといて」
 
 夕暮れの西校舎。部屋を出たときには日が傾きかけていて、西日がまともに校舎に差し込み、まぶしかった。  
 眼鏡をはずし、ためいきをひとつ吐く。
 呼び出しのあとはいつもこんなふうに気持ちがブルーになってしまう。本並先生があたしを呼び出すことと言えば、たいていお姉ちゃんにかかわることだから。
  


 悲しいことに、先生はお姉ちゃんの彼なのだから。
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