『愛しのハピイデイズ』B
 その日の夜。 
 おふろあがりのあたしに、珍しく早帰りのママが声をかける。
「美和子、亨くんから電話よ」
亨から?あたしは不思議に思いつつ受話器を取る。
「美和子?頼む、すぐ出てきてくれ!瞳子の様子がおかしいんだ」
受話器の向こうから飛び込んでくる、せっぱつまった亨の声。
「どーゆーことよ?亨、あんた瞳子ちゃんに変な事したんじゃないでしょーね!?」
「そんなんじゃねぇーよ!あんな瞳子もう見てらんねーよ。とにかく頼む、公園にいるから」
 昼間の瞳子ちゃんは別にこれと言って変な様子はなかった。じゃあ、何が起きたというのだろう・・・あたしはあわてて家を飛び出した。不安を胸に抱えながら。


 「美和子!」
あたしが公園に駆けつけると、亨が青ざめた顔で手をふった。
「一歩遅かった!あいつ、どこかへいっちまったよ。あんな状態で・・・どうなるか不安だよ・・・」
 今まで見た事のない亨の顔。瞳子ちゃんに一対何があったの・・・?胸の中にじわじわと沸いてくる不安を感じながら、うろたえる亨を叱りとばすようにしゃべる。
「そんなこと言ってる場合じゃない!早く追いかけるわよ!!・・・それから、話してもらうからね、瞳子ちゃんに何があったのか」
とにかく今は瞳子ちゃんを探すほうが先だ。あたしたちは街のほうに向かって歩き出した。

 「おまえ知ってるか?瞳子の好きな奴」
瞳子ちゃんを捜し歩きながら、亨が不意につぶやく。
「実際はどうかわかんないけど・・・ひょっとしたら、本並先生じゃない?」
「お前もそう思うか・・・。俺、今日の今日まで気づかなかったよ。」
「それがどう関係あるのよ、瞳子ちゃんに」
「本並の本命は誰だよ?瞳子じゃないだろ?」
「そりゃ、瑶子さんに決まってる・・・・あ!」
「わかったか?本並が瞳子ん家に来て言ったらしいぜ、瑶子さんをくださいって」
瞳子がおかしくなったのは、そのせいだと思う。亨はつぶやいてため息をひとつ吐いた。
「まいったなぁ・・・本並じゃかなうはずねぇよな、俺は」
亨にしては珍しい、弱気な発言。

 「何いってんのあんたらしくもない。どうせふられるんなら当たって砕けてみなさいよ、堂々と気持ち伝えてさ。・・・だけど今はだめ、瞳子ちゃんがあんな状態なら、聞き入れる余裕は絶対にないはずだから」
・・・あたしは何を言ってるのだろう。好きなひとに、自分以外の女の子への告白の後押しなんて・・・。  
 尚登くんとつきあうようになったものの、まだあたしの心のなかには亨がいる。
 一生懸命あたしのことを思ってくれる尚登くんには悪いけど、正直言ってまだ亨のことをあきらめ切れてない。
 
 「あたしのほうこそ、『どうせふられるならあたって砕けろ』よねぇ・・・」
あたしのつぶやきはむなしく夜空へと消えて行く。
 そんなあたしの想いを知ってか知らずか、亨はあたしの言葉を聞くなり目を輝かせて、 
「そうだよなぁ、やっぱり。どーせふられるのを覚悟してるなら恐いもんなしだよな!ありがとう、美和子!!おまえに相談して良かったよ。やっぱ持つべきものは良き女ともだちだよなぁ」
 その一言が、あたしの心を突き刺した。
 こころが、いたいよ・・・・・。

 「瞳子!」
「瞳子ちゃん!」
かけよるあたしたちを見ても瞳子ちゃんは何の反応も示さない。
 うつろな瞳、おぼつかない足もと。瞳子ちゃんの、いつもの凛とした雰囲気は消え去っている。
「瞳子ちゃん、家に帰るのが嫌なら、今日は家に泊まんない?ちっちゃい頃みたいにさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
瞳子ちゃんがうなずく。不安げに見つめている亨に「心配するな」と声を出さずに唇と目で合図する。
 「まかせたぞ」といいたげに亨がうなずいた。

 あたしの部屋に帰りついても、まだ瞳子ちゃんは感情のない人形のような状態だった。そんな瞳子ちゃんに、あたしは必死に語りかける。
「あのね、瞳子ちゃん。泣きたいときは泣いていいんだよ。疲れたときは休んでいいんだよ。あたしたちじゃ瞳子ちゃんほど頼りにならないと思うけど、何でも聞くから。何でも話してよ。」 
 その瞬間、今までなんの反応も示さなかった瞳子ちゃんが、声をあげて泣き出した。今まで押さえつけていた心をすべて吐き出すかのように。
 こんなに取り乱して泣き崩れる瞳子ちゃんを見たのは、十二年間一緒にいて初めてのことだった・・・   
『愛しのハピイデイズ』Cへ ■back to index
template : A Moveable Feast