『愛しのハピイデイズ』 A
 「ねぇ美和子、放課後ひま?」
 ある朝、あたしが登校してくるなり絵里ちゃんがあたしを廊下に引っ張り出してこそり、と聞いた。
「ひまだけど・・・何するの?」
あたしが聞き返すと絵里ちゃんは意味ありげに笑う。
「ふふっ、お・と・こ。うちのメンバーの弟で、G組のひとなんだけどさ、この前のライブの打ち上げに美和子も来てたでしょ?あの時から気になってたんだって、美和子のこと。だから紹介してくれってうるさくてさ。」
でもあたしは・・・そういいかけたのを絵里ちゃんがさえぎる。 
「まだ永井のことが気になるんでしょ?なんだかんだ言っても」
絵里ちゃんにはすべてお見通しらしい。あたしは素直にうなずいた。 
「あのね、こういっちゃなんだけど、彼は優しくていいひとだし、永井みたいに鈍感なやつより美和子にお似合いだと思う。今の永井にはとーこさんしか見えてないみたいだし。一度会ってみてよ。それから決めても遅くないし、いきなり彼氏・彼女って訳でもないんだから」 
「ねえ、その人本当にあたしのことがいいって?一緒にいた麻衣か瞳子ちゃんの間違いじゃないの」
あたしがそういうと絵里ちゃんは眉間にしわ寄せてひとこと。
「あんた本気でそれ言ってるの?そんなに自分に自信がないの?」
うなずいたあたしに絵里ちゃんは頭を抱えた。
「知らないの?あんた自分がどれだけ人目引くか」
あたしが首を横に振ると、そっか、身近にとーこさんがいるからねぇ。ぽそりと絵里はつぶやいた。  
「でもね、あんた割と人気あるんだよ。ちっちゃくてかわいい、チャーミングだ、守ってあげたいって。紹介しろと言われたのも今回が初めてじゃない。ただ、いつもあんたは永井と一緒にいたから、他の連中は笹原美和子と永井亨はつきあってる、って勘違いして誰も手を出さないだけの話。とーこさんみたいに完璧のひとが近くにいるからそれに気づかなかっただけよ、美和子の場合。」
  
 あたしは一瞬考えた。
 亨のことを忘れられるかもしれない。亨以上にその人のことを好きになれるかもしれない。
 ずるい、逃げの考え方かもしれないけれど今のあたしにはそういう思いしか浮かばなかった。
「わかった。・・・会ってみる、その人に」

 「・・・・朝っぱらからおもしろい話してるわねぇ。あたしにも紹介してよ、絵里」
振り向くと、梢ちゃんが立っている。
「あたしにも紹介してよ、ねえ」
「梢・・・」
  
 梢ちゃんは、最近1年つきあっていた彼、富田君と別れた。
 ただ別れただけじゃなくて、富田君と楓ちゃんがずっと両想いで二人をくっつけるために梢ちゃんが身を引いた、という結末で。
 だけど、梢ちゃんは楓ちゃんに対して態度を変えずにあたし達が見る限りはいつもの梢ちゃんだった。
 
 本人たち以外で、ただひとり事情を知っていた瞳子ちゃんが「ばかよ、梢は・・・」と言って陰で泣いていた。
 瞳子ちゃんは梢ちゃんの一件があってからふさぎこむようになっていた。
 何だか元気がなく何かに悩んでいる感じなのだ。


 放課後。
 約束の場所に着くと、相手の人と絵里ちゃんのバンドのメンバー・浩司先輩がもうすでに来ていて、窓ぎわの席から手をふっている。
 遊び人風の(見た目、ってことよ、あくまでも)浩司先輩に対して、彼は、絵里ちゃんの言った「優しくていいひと」をそのままかたちにしたようなひとで、兄弟なのにこんなに雰囲気が違うんだなあと思ったのが第一印象だった。 
「ごめんねぇ、遅くなって」
絵里ちゃんが言う。
「・・・いいよ。それじゃ行こうか、絵里。」
そういって立ち上がりかけた浩司先輩を思わずあたしは引き留める。
「いきなり二人きり、ですかぁ!?」
「そうだよ。俺らだって練習あるしさ。大丈夫、取って食いはしないから。じゃ後頼んだぞ、尚登(なおと)」
そんなぁ・・・。考えてみればあたし、こんな形で男の人とお茶するって初めてなんだよね。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ふたりの間に流れる沈黙。やがて耐えられなくなったのか、彼がやっと口を開いた。
「あのさ、笹原さん」
「はい?」
「ごめんな、急に呼び出して。兄貴が笹原さんのこと知ってるから協力してもらったんだ。」
「あのぉ・・・ほんとにあたし、なんですか?あたしでいいんですか?」
あたしが聞くと彼はかすかに苦笑いして、もう覚えてないだろうけど・・・と前置きして話し始めた。 
 
 「前にさ、永井の所に差し入れしたことがあっただろ?部活の大会か何かのときに。あの時、バレー部はどこで試合してるか聞いただろ?通りすがりの奴に。あれ、俺だったんだ。それで笹原さんはお礼にクッキーをくれて。・・・変な話だけど、俺はその時から笹原さんのこと気になってて。でも、俺は笹原さんを永井の彼女だって思ってたから今まで言えなかったんだ。・・・いきなりこんなこと言ったら驚くかもしれないけど、俺とつきあってくれないかな?友達からでいいから」  
 そう言った彼の顔は真っ赤で、何だか一生懸命って感じで、そんな彼がかわいく思えて。ぶっきらぼうだけど優しそうなひとだなって感じて。
「あたしでよければ・・・」
そうつぶやいていた。
 
 現金な話だけど、彼といたこの時、今まであたしの心を占領し続けていた亨の姿が消えていた。

 「そうかー、美和子にもついに男ができたかぁ。」
数日後、一学期の終業式の日。大掃除をしながら絵里ちゃんと麻衣がしみじみとつぶやいた。
「別に彼氏って訳じゃないもん、尚登くんは」
「尚登くん、だってぇー。もうすでに名前で呼んじゃってるわけね、桑原氏。」
「いーねぇ。何かうらやましいわぁー。ねぇ、麻衣?」
二人に突っ込まれ、からかわれ・・・でもそれがなぜか嫌じゃなかった。

 「ところでさぁー、用意した?例のあれ。」
あたしは素早く話題を変えた。
「ああ、あれね。バッチリ用意したわよー。」
「楽しみよねー、とーこさんがどんな顔するか」
二人が顔を見合わせ、意味ありげに笑う。

 今日は瞳子ちゃんの誕生日。7月20日という、普通なら一学期の終業式とバッティングする日付のせいか、どうも自分の誕生日を忘れられやすいと瞳子ちゃんがぼやいていたのを聞いて、あたし達は今日、朝からわざと今日が瞳子ちゃんの誕生日だと誰も口に出さないようにしておいて、後でプレゼントを渡して驚かそうと言う計画を立てたのだった。
 いくらクールな瞳子ちゃんでも誕生日を忘れられてたらがっくりするだろうし、去年の誕生日にプレゼントを渡したらすごく喜んでくれたから。

 「きた?」
「くるくる、今帰ってくるよ」
廊下で見張りをしてた絵里ちゃんがあわてて教室の中に入ってきた。瞳子ちゃんの机を囲むようにして、瞳子ちゃんの帰りを待つ。
「・・・何やってんの、あんたたち」
あきれたような顔をして自分の席に瞳子ちゃんが戻ってくる。
「(せえのっ)瞳子ちゃん、お誕生日おめでとう!」
あたしの合図で瞳子ちゃんを囲んだ5人がいっせいにプレゼントを差し出す。さすがの瞳子ちゃんも驚いて、目がまん丸・ぼーぜん状態。
「ありがとー。・・・それにしてもあんた達もひとが悪いわよねぇ」
瞳子ちゃんを驚かす作戦、見事成功!とその時、後ろから本並先生が・・・。
「お嬢さん方、ホームルームを始めたいんだがな・・・。さっさと席につけ」
 瞬間、あたし達6人はA組のみんなに大爆笑されたのだった・・・
 
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