『Teenage Walk』E
 「あ゛〜〜〜〜〜〜」
 文化祭が終わった数日後、3−Bの教室。

 「気−が−ぬーけーたー」
 ファッションショープロジェクトで燃え尽きた感のあるあたし、梢、絵里が思わず吐いた言葉。

 「文化祭終わればもう楽しい行事ってないよねー・・・」
イベント大好き、文化祭のステージを最後に軽音も引退した絵里がぼやけば、
「絵里はいいじゃん、もう進路決まってんだから」
もうすぐ芸大や写真学科のある専門学校の試験ラッシュとなる梢がつっこむ。
 
 文化祭のファッションショーに自分のクラスの出し物以上にのめりこんでいたあたし達。文化祭が終わった今、気が抜けてなんとなくボーっとした毎日を過ごしている。

 「・・・そーいや、瞳子さんは?」
文化祭が終わっても瞳子さんは何かと忙しいらしく、教室にいないことが多い。授業が終わって帰り支度をしたものの、姿の見えない瞳子さんを待っているあたし達。・・・と、その時。
「牧島なら本並先生んところだよ。・・・文化祭終わったからっておまえらたるんでるぞー」
その声とともに藤崎が持っていた日誌であたしの頭を小突く。
「いったぁ〜!なにすんのよ藤崎!!」
「たるんでるおまえに喝を入れてやったんだよ」
と藤崎はニヤニヤ。

 「それよりも谷村、これを見ろ!」
 得意げに彼が眼の前に差し出したもの、それは藤崎の第一志望の美容学校の合格通知。
「あら〜ほんとに藤崎って美容師志望だったんだ〜」
絵里がその通知を見ながら、さも意外そうにつぶやく。
 無理もない。医者の息子で学年で一・二を争う秀才、しかも国公立トップレベルの大学の理系学部に合格間違いなしとの呼び声高く、先生方の期待を一身に集めていた生徒が、実は美容師志望でした、と知ったときのみんなの反応といったら・・・。
「これで春から神戸暮らしだぜ」
とうきうきと語る藤崎。ほんとに神戸、行っちゃうんだな・・・・って、なんでちょっと残念なんだ?

 「藤崎、あんた自慢する為にわざわざ寄ってきたの?なんか用事があったんじゃない?」
梢の問いかけに。
「おー、すっかり忘れてた。谷村、本並先生が呼んでたぞ」
ほんとに忘れてたような藤崎の表情に思わず吹き出しつつ。
「んもー、それを早く言ってよ!!」
と、あたしは慌てて視聴覚準備室へ向かうのだった・・・。

 部屋の前に立ち、ドアをノックしようとするとまだ先客がいるらしく話し声が聞こえてくる。
 「・・・そうか、もう決めたのか・・・」
なんとなく苦しげな、ためいきまじりの本並先生の声に思わずドキッとして、部屋に入ったら悪いような気がして、ドアの外でしばらく待つことにした。
「決めるも何も、昔からの夢だもの」
そうきっぱりと言い放ったのは…瞳子さん!?
「お前俺には一言も言わなかったじゃないか」
「担任に対して最低限のことは言ってるじゃない、留学志望だって。」
留学志望!?瞳子さんが?
「違うよ、俺が言いたいのは一応家族なんだから、俺や瑶子にも一言ぐらい相談したっていいじゃないか、ってことだよ」
「同居してるんならともかく、何でわざわざ新婚家庭に出向いて報告しないといけないのよ、別に関係ないでしょ?」
あくまでも瞳子さんはそっけない。
「瞳子っ!」
背を向けかけた瞳子さんの手首をつかんで引き寄せる先生。
「…そんなコトしたら、いらぬ誤解されますよ、本並先生。ただでさえ義妹の担任だってことでPTAから変な目で見られてるの、知ってるでしょ」
瞳子さんの言葉は氷のように冷たいけれど、先生からそらした瞳は、たとえようのない切なさをたたえている。

 「…というわけで、もうお話終わりですよね?あたし、もう行きますから」
 瞳子さんが出て行くのを、今度は先生は止めなかった。鉢合わせするのもまずいような気がして、あたしは慌てて隣の教室に身を隠した。
 しばらくそこに身を隠し、瞳子さんの足音が遠ざかっていくのを確認してから、再び隣の部屋へ。
「本並先生、用事って何ですかー?」
出来るだけさりげなさを装って聞く。
「おせぇよ谷村!藤崎が呼びに行ってもなかなか来ないから、もう帰っちまったのかと思ったぞ!」
先生はもういつもの表情に戻っていたけど、さっきの瞳子さんへの態度がどうしても引っかかる。
 あのときの先生の態度が、生徒や妹に対するものとはちょっと違うような気がして。

 「谷村、これが美容学校の願書な。…やっとその気になったな」
 先生が机の中からいくつもの封筒を取り出しながら言うので、もうそれ以上は聞けなくなってしまった。
「もうちょっと決めるのが遅かったら、もう県立の応募に間に合わないところだったぞ」
 
 あのファッションショーを通して、あたしはやっと、自分の進路を見つけることが出来た。
 遠回りしたけど、美容師になろうと決めた。
 ひょっとしたらずっと前からあたしの中にあった夢だったのかもしれない、でも、今回のファッションショーのスタッフとしてかかわったことで、ちゃんとそのことに気づくことが出来た。それに気づかせてくれた藤崎には、本当に感謝している。
「藤崎には言ったのか?あいつが聞いたら喜ぶぞ」
先生が藤崎の名前を出したので驚く。
「何でそこで藤崎が出てくるんですか!?」
「あれ?お前たち付き合ってるんじゃないのか?藤崎がずいぶん気にしてたぞ、お前の進路のこと。あれだけ素質があるのに美容師の道に進まないのはもったいないって。あいつがあれほど他人を気にするのは初めてみたがな」
付き合ってないですよ!!と反論しながらも、なんだかうれしかった。

 …でも、あたしが美容師になると決めたからって、あたしは県立の美容学校志望だし、藤崎はもう神戸の学校に行くことが決まってるから、一緒に競い合いながら同じ道を目指す、ってことは出来ないんだよね…。


 書類をもらって教室に戻ると、誰もいない教室に瞳子さんが残っていた。

 「あれ?麻衣まだいたんだ」
瞳子さんはなにやら書類のようなものを書いていた。中身はわからないけど、おそらく留学関連の書類なのだろう。
「みんなは?」
「もうしびれ切らして帰ったよ」
瞳子さんは笑う。

 「…ねえ瞳子さん、留学するの?」
さっきの本並先生との会話を聞いてからずっと気になっていたことを思いきって聞いてみた。
「うん、そうだよ。夢、だったからね。親にも昔からそういってたし。」
意外にあっさりと瞳子さんは返事した。さっき本並先生に問い詰められて見せたあの切なげな表情はまったくない。
「瞳子さんってすごいよね、なんでも一人で決めてさ。迷ったりしないの?」
「そりゃーね、迷わないって言ったら嘘になるよ。日本はなれて知らないところでっていう不安はあるし。友達とも離れちゃうしね。でも、それで切れてしまうような友情なら、それだけのもんだったってことでしょ?」

 すごいなあ…瞳子さんって。あたしは瞳子さんの凛とした表情に見とれてしまう。
 同じ18年生きてるのにこの違いはいったい何なんだろう。

 「麻衣は進路決まった?」
瞳子さんが聞く。
「うん、やっと決まった・・・県立の美容学校受けることにした。」
「そっか!やっぱそっちの方に進むんだね。文化祭の時すごく生き生きとしてやってたから、本当に美容師になる気がないんだったらもったいないねって、藤崎とか市原と話してたんだ。藤崎なんかほんとに気にしてたからね、麻衣の進路。」
瞳子さんまで藤崎のことを持ち出すので思わず苦笑する。
「何で藤崎がそんなにあたしの進路を気にするんだろ?」
「そりゃ、麻衣の事意識してるからでしょ?あの人が他人を意識したり、ライバル心を持つなんてめったにないよ。
家柄と頭脳は文句のつけようもないし、彼に勝てる相手なんてそういるもんじゃない。
でも麻衣は違う。彼が本当に目指す道で、やっとライバルと思える人が現れたんだもの。しかもその相手は素質も何もかも備わっているのにその道に進む気がないと来たら、嫌でも意識するんじゃない?いろんな意味でね」
瞳子さんは意味ありげに笑う。
「本並先生にも梢にも同じようなこと言われたんだけど」
「藤崎の態度ってわかりやすいもんねー。麻衣のことすきなんじゃないかなーって、あたしは思うんだけど」
と瞳子さんはにやにや。

 はぁ!?
「確かに藤崎のこと、いい奴だなーって思うけど、別にそういう目で見たことないよ」
「ふぅぅぅぅん〜?」
釈明するあたしに、あくまで余裕の瞳子さん。
「そういう瞳子さんはどうなの?留学しちゃったら好きな人と離れちゃうんじゃないの?」
その瞬間、瞳子さんの表情がさっと曇ったのを、あたしは見逃さなかった。
「何いってんの麻衣。そんな人いたら留学するわけないじゃない」
本人は笑ってごまかしているつもりだろうけど、全然目が笑っていない。この際だから、思い切って気になってたあのことを突っ込んでみることにした。
 「・・・違ってたらごめんね。ひょっとしたら瞳子さん、本並先生の事すきなんじゃない?」
瞳子さんの表情がこわばっていく。予想外のことを言われて、どうしていいかわからないような顔だ。

 しばらくの沈黙の後、瞳子さんがぽつり、といった。
「気付かれないようにしてたつもりなんだけど・・・わかりやすいかな?あたしの態度って」
「ううん、文化祭までは全然わからなかった。ファッションショーのウエディングドレスを嫌がった時に、もしかして、って思ったんだけど。それと・・・ごめん、さっき聞いてたんだ。瞳子さんと本並先生の話」
「そっか・・・」
力なくつぶやく瞳子さんの表情からは、いつものきりっとした雰囲気が消えている。迷子の子供のように戸惑ったような表情がすごく印象的で綺麗で、変な話だけど、瞳子さんみたいな美人ってどんな表情でも素敵なんだなぁ、ってそんなことを考えていると、 不意に顔を上げた瞳子さんが、思い切ったようにこう告げた。
「あたしね、本並先生のことが好きだから絶対留学しようって思ったの」
「・・・・・・?」
意味が分からずに首をかしげるあたし。好きだから、離れたくないから留学をしない・ではなく好きだからこそ日本を離れるって?

 「あたしと先生が高校に入る前からの知り合いだって知ってるよね?」
あたしはうなずく。
「中3のとき、先生があたしの家庭教師をしてくれてね。もうそのときには瑶子姉ちゃんと付き合ってたんだけど・・・彼があたしの初恋なの。二人が結婚しても諦められなかった。だから留学するの。近くで見てるのは辛いから、忘れるために日本離れるの」
瞳子さんの声は小さいけど、でもしっかりと聞き取れた。
「わかってはいるんだけど、二人が幸せそうにしてるの見るの辛くてね。彼にとってあたしは永遠に『義妹』で・・・二人ともあたしに変に優しくしてくれるから辛くて・・・おかしいよね、もう絶対自分に振り向いてもらえないってわかってるのにまだ好きでいつづけるなんて」
 瞳子さんが苦しそうな笑みを浮かべる。なんて悲しい微笑みなんだろう。瞳子さんはずっと耐えてきたんだ。かなわぬ思いを胸に抱えて、ずっとずっと本並先生を思いつづけてたんだ。
「ちっともおかしくなんかないよ!だって本並先生素敵だもん!!」
思わず大声出してしまったあたしに、瞳子さんは一瞬目が点になったような表情を浮かべ、次の瞬間それが崩れて、はにかんだような笑顔に変わった。
 中学時代から瞳子さんを知ってて、ずっと仲良くしてるけど、そんな表情は今迄で初めて見た様な気がした。


 「あっれー?おまえらまだ帰んないの?」
 教室の扉が開いて、藤崎が入ってくる。
「ちょっと女同士の内緒話をしててねー。ねぇ麻衣?」
「そっ、藤崎いいところで邪魔してくれたわねー」
「なんだよ俺は仲間はずれか?」
と藤崎が笑う。

 「そうそう藤崎、麻衣の進路、決まったってよ」
瞳子さんが言う。
「お?そうなん??やっとその気になったのか?」
藤崎が興味深々な目線を向ける。
「うん・・・美容学校、受けることにした」
「おっ!やっとその気になったな!!さすが俺のライバル!!」
 まるで自分の事のように喜ぶ藤崎を見ていたら、まだ合格したわけでもないのになんだかうれしかった。




 そのときは、まさかあんなことになるなんて、少しも思わなかったんだ。
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