『Teenage Walk』F
 高3の冬休みは、店の手伝いと受験勉強であっという間に過ぎていった。
 試験日まで、あとわずか。

 ある朝、TVをつけたら、異様な光景が広がっていた。
 見るも無残に壊れた建物、あちこちで吹き上がる火柱。
 同じ日本なのに、都市は見事に破壊されていた。

 1995年1月17日・阪神・淡路大震災発生。
 テレビで映し出される悪夢のような別世界の舞台が神戸の街だと知った時、すぐに藤崎の顔が浮かんだ。
 あの街は、高校卒業後に藤崎が暮らす街。
 藤崎が、夢への一歩を踏み出す街。

 「・・・藤崎、テレビ見た?」
 教室であたしが恐る恐る声をかけると、藤崎は「ああ」、と一言だけ答えた。
 学校、どうなるの?
 おじさんは無事なの?
 それ以上の事をさすがに聞けなかった。
 こんなに暗い表情の藤崎を初めてみた気がした。

 時間がたてばたつほど、地震のすごさを物語るニュースが次々と飛び込んでくる。
 真っ二つに折れた高速道路。
 根元から折られたように倒れるビル。
 そして、延々と読み上げられる、たくさんの亡くなった人たちの名前。
 同じ日本のとある街でこんな大惨事が起こるなんて。

 数日たって、おじさんの店は壊れてしまったものの、叔父さんの家族は無事だということがわかり、やっと藤崎の顔に笑顔が戻ってきたのだった。


 そんなことがあってもあたし自身に受験という現実は迫ってくるわけで。
 しかも受験が終わってから3日後には卒業試験が始まり、その最終日に志望校の合格発表というスケジュールのせいか、ちっとも気が抜けない日々が続く。

 仲良し6人組の中で、進路が決定していないのは、あたし一人だけとなっていた。
 梢は写真学科のある芸大に。
 楓は富田と同じ、地元の大学の国文科へ。
 瞳子さんは東京の外語大に籍を置いて、入学式が終わり次第留学先のロンドンへ。
 美和子は地元の短大で栄養学を学ぶ。
 絵里はコンピューターの専門学校に進み、さらにバイトをしつつヴォイトレの学校に通うそうだ。
 
 みんながそれぞれの夢や目標への第一歩を、もうすぐ踏み出す。
 それは、卒業後のあたしたちが、全員ばらばらの道を歩き出すことを意味していた。

 試験前夜。
「麻衣ー、藤崎君から電話よー」
試験勉強を早めに切り上げ、さすがに今日は早く寝なきゃ、と思っていた矢先の藤崎からの電話。近くまできているので外に出てこれないか?それだけを告げる藤崎。

 家からちょっと離れた、店の駐車場で待っていると、一台のバイクが入ってきた。
「よぉ、悪いな急に呼び出して」
「藤崎バイクの免許持ってたんだ・・・」
うちの学校はバイク通学禁止だ。免許をとることは許されているけど、藤崎からそういう話を聴いたことなかったのでなんだか意外な気がした。
「ああ、バイトしてた目的のひとつがこれだからな」
そういいながら彼は、ポケットの中から何かを取り出す。
「明日、受験だろ?これは俺からの餞別。結構神戸じゃ有名な学問の神様祀った神社のやつだし、なにより俺がこれ持って受かったからな。ご利益2倍って感じだろ?・・・言っとくけど、貸すんだぞ?谷村にあげるんじゃないからな」
そういって笑う藤崎に思わず苦笑いするあたし。
「じゃあ、お借りいたしますわ。試験終わったら返すね」
「返すのは今度あったときでいいぞ、・・・じゃあ俺、行くから」
そう言って、バイクに乗って去っていく彼の後姿を、見えなくなるまで見送った。

 そして、いよいよ試験本番。
 開始直前、制服の内ポケットに入れた藤崎のお守りにそっと触れる。
 藤崎、力を貸してね。そう心でつぶやきながら。

 PM6:00。
 無事試験を終えてあたしが家に帰ってくると、リビングで瞳子さんと本並先生が待っていた。
 何事だ・・・?といぶかしむあたしに、深刻な顔をした瞳子さんが、こう告げた。
「藤崎から何か聞いてない?最後に彼に会ったのはいつ?」
「昨日の夜、9時前だったけど・・・それがどうかしたの?」

 次の瞬間、本並先生が告げた言葉に、あたしは愕然とした。

 


 「藤崎が、昨日の夜から行方不明なんだ。」



 「な…なに冗談言ってるんですか」
 だって昨日藤崎はあたしにお守りを届けにきてくれたのに。試験頑張れよって言ってくれたのに。
 「これが冗談言ってる顔に見えるか?」
 本並先生の顔は真剣、いや深刻そのもの。みんなが慕う、「いつも明るく頼れる兄貴」の顔は、そこにはない。

 「今朝出勤したら、視聴覚準備室の俺の机の上に封筒があったんだ。何が入ってたと思う?」
「……?」
「退学届、だよ」
そう言うと本並先生は深く大きくため息をついた。

 「退学届、って…だって卒業まで後2ヶ月ないじゃないですか!」
予想もしない言葉にあたしはこれだけ言うのが精一杯だった。
「先生まさかそれ提出したんですか!?」
瞳子さんも知らなかったらしく、本並先生に詰め寄る。
「出すわけないだろ!…出したところで学校側が受理する訳ないじゃないか。…本人に理由聞こうにも本人がいないんじゃなあ…」
「行方不明というからには、おうちの人も行き先わからないんですよね?」
「まあな。家に『しばらく留守にする、落ち着いたら連絡する』と書き置きを残してたらしいが。ただ、バイクもなくなってるから遠出している可能性もあるんだ」

 確かに、昨夜藤崎はバイクで家にきた。そういえばお守りを返すのも「今度会ったときでいい」って言った。
 その時はあまり深く考えなかったけど、試験は今日だけ、明日には学校で会える。今度会ったとき、なんていい方は確かにおかしい。何よりももうすぐ卒業試験なのに、それすっぽかしてまで彼はどこに行こうとしているのだろう。

 卒業試験当日になっても、彼の行方はわからなかった。
「さっすが秀才様は違うよなー。卒業試験バックレるだけの余裕があるんだもんなー。どうせ大学いかねーし、神戸もあんなんだから卒業できなくたってなんとかなるもんなー」
聞こえよがしに言ったのは、藤崎を一方的にライバル視して、何かあると藤崎の足を引っ張ろう、引っ張ろうとする男・笠松。誰もがその発言に眉をひそめたそのとき、
「人を中傷してる暇があったら、自分の心配したらどうよ?それだけ言えるんだったら、センター試験・よっぽど自信があったんでしょうね?」
しんとした教室に、瞳子さんの凛とした声が響いた。
「なっ……!」
言葉が出てこないまま青ざめる笠松。…瞳子さんの「センター試験」という言葉がよっぽど効いたらしい。
「笠松、センター試験がさんざんでさ、第一志望はほぼ無理らしいよ」
と、隣の席の絵里がこっそりとつぶやいた。なるほど、八つ当たりか…あたしは思わず苦笑する。
 やがてチャイムが鳴り響き、本並先生が入ってきた。いよいよ卒業試験の開始である。

 …結局、卒業試験が終わっても藤崎は戻ってこず、試験の最終日、あたしに美容学校の合格通知が届いた。
 何よりも、誰よりも藤崎に報告したかったのに。

 学校では連絡もなく姿を消し、なおかつ卒業試験をすっぽかした藤崎の扱いについて、連日職員会議が行われているようだった。
 特に担任である本並先生は、上のほうからきつく言われているようで、いろんな気苦労からか、先生の表情は冴えない。
 藤崎のご両親も学校に呼ばれたが、自分の跡を継がない藤崎を勘当したと言うお父様はあくまでも冷淡、お母様はショックでただ泣いて謝るばかりだったと聞いた。

 いわゆるお祭り男・ムードメーカー的存在の藤崎の不在で、うちのクラスのみんなもなんだか覇気がなく。
 いろんな人に心配かけて、自分勝手すぎるよ、藤崎…
 そうこうしている内に2月になり、あたしたちは週一回の登校日を除いて、卒業式まで自宅待機となった。

 2月の最初の登校日。やはり、教室に藤崎の姿はない。
 授業も何もかも終わっているので、学校に出てきても特にすることのない進路の決まった生徒はなんとなくお気楽ムードだし、志望の大学に落ちたりして進路の決まってない生徒は先生方に報告と相談、国公立の2次試験を受ける人は家や予備校で勉強しているのか、学校に出てこない人もいる。

 そんな中、校内放送が入る。
「3−Bの牧島瞳子さん、至急校長室まで来てください」

 校長室から戻ってきた瞳子さんはなんだか浮かない顔をしていた。
「校長、何だって?」
梢や絵里が心配そうに聞く。
「…卒業式の答辞をやれってさ」
瞳子さんの口調はどこか投げやりだ。
「答辞って、主席クラスがやるんでしょ?瞳子さん入学式の代表挨拶もしたし、すごいじゃない、光栄なことじゃん」
仲間たちは口々に言う。
「いや…藤崎がいたら、あいつが間違いなく答辞読んだんだろうなって思ってさ…。たまたま今回は藤崎いなかったから成績順であたしになっただけで、成績だけじゃなくて、生徒会とかでうちらの学年で一番この学校に貢献したのって藤崎じゃない。
だから、あたし校長たちに言ってきたんだ。もしも藤崎がこのまま戻ってこなかったら引き受けるけど、戻ってきたら彼にお願いしてくださいって」

 藤崎の行方は知れないまま、時間ばかりが過ぎていく。
 ついに2月の下旬になり、卒業予餞会、卒業式のリハーサルと、3月3日の卒業式に向けて着々と準備が進んでいく。

 あの日以来・あたしのかばんの中には、藤崎が戻ってきたら渡そうと、いつでもあのお守りと、バレンタインのチョコレートが入っていた。

 けんかばっかりしてたけど、いい友達だと思ってたけど、彼がいなくなってやっとわかった。
 いつの間にか、彼に対しての気持ちが「恋」に変化していたことに。
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