『Teenage Walk』A
 「ニチヨウ10ジ イツモノバショデ シンヤ」
 ポケベルに刻まれた次の約束のメッセージ。
 あたしの彼・沢村信也さんは、7歳年上の社会人。最近彼の仕事が忙しくて会えない日が続いていたから、当日・わくわくしながら彼の到着を待つ。
 ところが、待ち合わせに現れたのは彼ひとりではなかった。
 おそらく彼と同じ年位の女の人が、彼の後ろでこちらをじっと見つめていた。こう言ったら失礼かもしれないけど、おとなしそうな、まじめさだけがとりえの地味な女、そんな感じ。
 あたしが彼に近づくと、すっと前に出てきて、まっすぐにあたしを見つめて言った。

 「おねがいです。沢村くんと、別れてください」

 はぁ!?

 あたしが彼のほうを見ると、彼は気まずそうに煙草をふかしている。ただひたすら無言で。
「彼が、女子高生のあなたなんか相手にするわけないでしょ!?」
その言葉にかなりかちんときた。
「・・・何が、言いたいんですか?いきなりしゃしゃり出てきて、別れろなんていわれてはいそうですか、なんて答えると思ってんの!?社会人やってる割には物の頼み方も知らないんですね」
 あたしは精一杯怒りを抑えてしゃべる。そしたら彼女の顔が泣きそうな表情に変わり、土下座でもしそうな勢いでこう言った。
「お願いします!あなたはまだこれからいろんな人と出会えると思うけど、あたしには彼しかいないの!!・・・あたし、妊娠してるの。もちろん沢村君の子供よ」

 なんですと!?
 思わず彼女ではなく彼のほうを見る。彼はそれでも無言のまま、そっぽ向いている。

 「・・・ば、っかじゃないの!?」

 さすがのあたしもきれてしまった。彼女にではない。彼の態度に。
 彼女は必死で、プライドかなぐり捨てんばかりの勢いであたしに接している。
 普通なら絶対したくないであろう、10歳近く年下の子供に頭を下げている。それは自分の中に宿った好きな人の子供の為にも、なんとしてでも・・・という彼女の強い気持ちがそうさせているのだろう。それなのに、自分はまるで関係ないかのような彼の態度がすごく腹立たしかった。
 彼女とあたし、どっちが先に彼と付き合い始めたのかわからないし、どっちが本気でどっちが遊ばれてたのかなんて知りたくない。腹が立つのはふたまたをかけられたという事実よりも、無関係・無関心と言わんばかりの彼の態度。もし、あたしが逆に彼女のようなことをしても、彼は同じ態度をとるのかな、とそう思って。

 「こんなやつ、あんたにくれてやる!どうぞお幸せにっ!!」

 あたしはそう叫んで、彼に歩み寄りほっぺたをひっぱたき、そして、くるりと背を向けて歩き出す。
 くやしかった。
 彼はもっと大人の人だと思ってた。
 本当に好きだった。
 でもこんな最悪の終わりかただなんてね・・・。

 あたしはとにかく歩きつづける。腹立った勢いでとにかく。
 そのとき、
「あー!やっちまった!!」
誰かの叫び声と同時に降って来たのは大量の水。避ける間もなくずぶぬれになったあたし。・・・もう!今日はほんとに踏んだりけったりだ!!

 「すみません!大丈夫ですか!?」
タオル片手に駆け寄ってくる犯人?を思いっきりにらみつける。

 「あれ?谷村?」
 「・・・あ!?藤崎?」

 「なんであんたが(おまえが)こんな所にいるのよ!?(いるんだよ!?)」

 道端でにらみあったあたしたちは同時にそう言っていた。

 あたしに水をかけたのは、クラスメイトの藤崎千尋。一瞬誰だかわからなかったのは、彼が目の前の美容室の制服を着ていたから。
 でも、彼の家って確か・・・・。

 「本当にごめんなさいねえ」
 店長さんらしき人が何枚ものタオルと着替えを貸してくれる。
「あ、ドライヤーも貸してもらえますか?」
頭からつま先までびしょぬれになったので、髪も乾かしたかったのだ。店でドライヤーとブラシを借りて、さっそくブローに取り掛かる。・・・とは言え、あんな形で終わってしまった以上、もう家に帰るだけだから髪が乾きさえすればいい。
 あっという間にブロー終了・見苦しくない程度に髪を束ねたあたしの動きが、いつのまにか店にいた人たちの目についたようだ。
「あ、ごめんなさい、邪魔でしたか?」
慌てるあたしを制しながら、美容師さんのひとりがいう。
「いいえ、すごく上手だなあと思って・・・ついつい見とれちゃったの、こちらこそごめんなさいね」
「そりゃ、器用さは血筋じゃない?だって彼女、『Tiara』の娘さんだもん」 
お茶を運んできてくれた藤崎がこともなげに言う。
「ああ!谷村先生のお嬢さんなんだ!だったらうまいはずよね」
店にいた人たちが口々に言う。親父さんは美容学校の講師をしてるから、知ってる人もいるのだろう。

 「じゃあ、あなたも美容師になるのね?」
店長さんの言葉に、あたしは首を振った。今のところその予定はない。そういったあたしに、
「もったいねえ。せっかく一流美容師の娘と言う血筋も、環境も、腕や素質もきっちり備わってるのに。俺からすればうらやましいくらいだぜ」
そんな藤崎の言葉にかちんと来て、思わず
「それはあんたも一緒でしょ?医者の息子なのに、素質は十分あるのにその道に進まないんだから」
と、そう言ってしまった。当の藤崎はまあな、と苦笑いしただけでそれ以上は何も言わなかったけど。

 どの試験でも学年1位か2位しかとったことのない、うちの学年の不動の2トップ(もうひとりはとーこさん)を誇る彼は、地元でも有数の大病院の息子。当然、誰もが彼は医者になるものだと思っている。

 「おふくろの弟が実家のある神戸で美容師やっててさ。あっちにいくたんびに叔父さんちに遊びにいってはずーっと仕事を見てたんだ。少なくとも俺には医者よりも魅力的な仕事だと思った。でも医療関係に進まないのなら学費は出さん!って親父に言われてさ。だからあそこの店で修行と軍資金稼ぐ為にバイトしてたんだ」
藤崎からその話を聞いたのは、その日からずっとずっと後のことだった。

 「・・・ところで、この時間におしゃれして歩いてるってことは、デートとかじゃなかったのか?だとしたら悪かったな」
乾いた服を差し出しながら藤崎が言う。
「いーよ、どうせ、ふられちゃったし。家に帰るところだったんだ」
別に隠すこともないのであたしは今日のことを簡単に説明する。
「・・・そいつ、同じ男として許せんな」
あたしの話を黙って聞いていた藤崎がぽつりと言う。
「だって本当なら彼氏がおまえに謝るところだろーが。その妊娠した彼女にもそんな真似させねーよ、普通は。ひっぱたいて正解だぜ、谷村。俺なら叩くだけじゃ足りんだろうけど」
「彼女があの場にいなけりゃひっぱたくだけじゃすまなかったよ」
「まあ、そんなつまらん男は彼女(おばちゃん)にくれてやれよ!俺たちゃまだ十代だぜ?これからいい奴といっぱい出会えるって!」
藤崎の言い方に、思わず吹き出すあたし。
 
 その日を境に、藤崎への印象が「いけ好かない優等生」から「結構いい奴」に変わっていくのに、そう時間はかからなかった。
 あたしにはない「自分の夢を追いかける」ことをちゃんと実行している藤崎が、うらやましかったんだ。     
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