『Teenage Walk』
 〜♪Teenagewalk 鳥が空へ遠く羽ばたくように  いつか飛びたてるさ 自分だけの翼で
  Teenagewalk あきらめないたとえ時間がすぎても いつか見えるはずさ 自分らしい生き方〜


 世の中に、星の数ほど職業はあるけど、どうしてもつきたくない職業がある。
 それは、美容師。
 あたし・谷村麻衣の両親は美容師をしている。ちゃんと自分の店も持っている、常連さんもいっぱいいるから生活に困るわけじゃない。お小遣いだって他の子達よりは多いみたいだし、欲しいものも買ってもらえた。
 だけど、店の休みはたいがい月曜日で、世間のお父さん・お母さんがお休みになる日曜日は当然稼ぎ時で一日中店に出ている。
 小さいとき、親が運動会や授業参観に来てくれたことなんかほとんどなくて、クラスメートが家族団らんを繰り広げてるそばで、あたしと三歳上の由衣姉ちゃんと二人で店の従業員さんが届けてくれたお弁当を食べると言うのが常だった。
 おまけに休みが月曜だから遊びにつれていってもらったという記憶がない。
 さらに、由衣姉ちゃんまで美容師になって店の手伝いをしてるから、家事の一切があたしにまわってきて、正直言ってまいっていた。
 両親や姉を見てりゃ、思った以上にきつそうだし、そのせいかせっかくの休みも寝てるか、家でぼーっとしてるかのどちらかで、その大変さはよくわかっているつもりだから、あたしにできる限りのことはしてあげたいと思う。だけど、どうしても『美容師』という形で両親や姉のサポートをしたいという気になれないのだ。
 
 そんなこんなで、高2になったあたしは進路希望のプリントを前に悩んでいた。
 「とりあえず」高校は行かなきゃと思って、「とりあえず」目的もないまま、高校生になりゃ何か見つかるだろうと、由衣姉ちゃんと同じ城山高校に入学したのだが、いまだに自分の進むべき道が見えてこないのだ。

 「谷村、ちょっとこい」
 夕方のS・H・Rが終わってあたしが帰ろうとしたとき、担任の本並先生に呼び止められた。理由は何となくわかってるので、渋々ついていく。
 「麻衣、『T−ROOM』で待ってるからさ、終わったらおいでよ」
 瞳子さんや美和子がそう言ってくれるのでほっとする。
 入学当時から梢・瞳子さん・美和子・絵里・あたしの5人で毎週水曜日の放課後にお茶を飲むのが恒例になっていて、今日はその日だったから。
 うちの高校は、全員が何かの部活に所属しないといけないので、絵里が軽音部、瞳子さんが文芸部、梢が写真部、あたしと美和子が美術部に所属していて、活動日がまちまちなので全員の放課後があく日が水曜日しかないのだ。
 
 本並先生の後をついて、視聴覚室に向かう。
 「なんで呼ばれたかはだいたいわかるよな?」
あたし用に椅子を引っ張り出しながら、本並先生が聞く。進路希望のことですよね?というあたしの答えに、そうだ、とうなずく先生。
「他の奴は全員何らかの希望を出してるんだがな。谷村、おまえはどうして出さないんだ?」
「・・・・・・見えないんです、未来のヴィジョンってやつが。自分が何をやりたいのかもはっきり分からないんです」
あたしは今思っていることを正直に言った。本並先生とは7歳しか離れてないので、みんな兄貴のように慕っていて、何でも相談できる、話をじっくり聞いてくれるひとだとわかっていたから。
 
 本並先生が小さなため息を一つ吐いた。
「・・・つーことは、少なくとも今の所は家業につく予定じゃない、って事だな?」
うなずくと、まぁ、そう思うんならしょーがねぇやな。と小さくつぶやいて、
「とりあえず、進学か就職の希望ぐらいは書いて出してくれや。これは三年のクラス分けの資料になるやつで、全員学校側に提出しないといけないものだからさ。俺も、自分のやりたいことの見つけられない生徒に、今すぐ決めろ、なんて無理に選択を迫るようなまねはしたくないんだけど、学校の方針だろうからな。
・・・こんなこと偉そうに言ってても、俺も大学入るまで英語教員になろうなんて考えもしなかったもんなあ。まだ時間はあるからじっくり考えればいい。あせって決めて後悔してもしょうがないからな。・・・よし、今日はもう帰っていいぞ」

 学校を出て、みんなの待つ『T−ROOM』に向かいながら、あたしは考えていた。 
 みんなはもう、自分の進む道を見つけたのだろうか。・・・だとしたら、同じ年、同じ生き方をしてるのにどうしてあたしだけ自分の道が見つからないんだろう。道端の小石をけとばしながらそんなことを考えていた。
 『T−ROOM』のドアを開けると、奥のほうから梢が手招きするのが見えた。
「呼び出しご苦労さーん!(笑)」
そんな絵里の言葉に苦笑いしつつ、ウェイターさんにアイスココアを注文して空いた席に座る。
「本並先生何だって?」
梢に聞かれ、返事のかわりに逆に質問を返してみた。
「あのさ・・・みんなもう進路とか決めてるの?良かったら教えて」

 「あたしは・・・できれば写真の専門学校か、どこかの芸術短大の写真コースに進みたいと思ってるの。親は反対してるけどね。最終決定までまだ間があるし、ちょっとずつ説得していこうかなって思ってる。いざとなりゃバイトしながらでも奨学金受けながらでも自力で行こうかなって」
と、まず最初に答えたのは梢。
「あたしはコックさんになるのが夢だったの。まあ今はちょっと変わっちゃったけど、短大の食物栄養のほうに進んで、調理師と栄養士の資格がとりたいな」
そう言ったのは美和子。
「まだはっきりとは決めてないんだけど・・・四大の英文科に進学して、将来は通訳とか英語教師か・・・そういう方向に行きたいと思ってるんだけどねぇ」
あくまでも淡々と語る瞳子さん。
「あたしは専門学校。本当は早くお勤めして、自分のお金でボイストレーニングとか通いたいんだけど、うちの高校を卒業しただけじゃ手に職とか、資格が何もないままだから、とりあえずコンピューターとかビジネス関係の専門学校に行ってからの方がいいんじゃないかって親に言われてねえ。・・・でもそういう方向に進ませてるうちに、バンドのこととか、プロへの夢をあきらめるだろうなんて考えてると思うよ、うちの親のことだから」
目を輝かせて語る絵里。
 やっぱり、みんな自分の未来のヴィジョンをしっかりと持ってるんだ・・・。
 あたしは、運ばれてきたココアがの氷が溶けていくのにもかまわず、すでに次の話題に切り替わったみんなの会話も耳に入らず、延々と考え込んでしまった。この先・どうすればいいんだろう・・・って。

 「あ、おかえり麻衣。あたし今から店に出るから、後よろしくね」
 あたしが家に帰り着くやいなや、そう言って出ていった由衣姉ちゃんと代わって、あたしは着替えて台所に立つ。もう何年も繰り返されてきた日常。
 学校から帰って、由衣姉ちゃんと交代でご飯作って、店が終わるのを待って遅い夕食を全員で食べて、後はテレビ見たり学校の課題やったりして過ごす毎日。
 別に不満なんてないけど、これでいいのかと思う。だからといって何をするわけでもなく・・・というよりも、何をすればいいのかさえわからない。そんなことを考えながら野菜の皮をむいてるうちに手がすべって、しまったと思ったときには鈍い痛みとともに、指先に赤い血がにじんでいた。
 
 その夜、あたしは例の進路調査プリントとにらめっこした結果、『進学希望』とだけ書いた。
 そうとしか書きようがなかった。梢たちや由衣姉ちゃんのように、目指すものが見えないあたしには。 
 何もやりたいことが見つからないまま、これからも当分は『とりあえず』で生きていくのか・・・・。指の傷と、なぜか心がずきん・とうずいて、それは波のようにあたしの中に広がっていった。
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