やっと来た、夏樹にさよならすると決めたあの日からずっと待ち続けた、だけどその一方で、一生来なければいいと思った最後のデートの日。いつも以上に念入りに支度をして、家を出る直前に楓の家に電話をする。
「はい・森本です。・・・あ、梢ちゃん?早いねぇ。あたしまだ寝てたよ」
あたしの思惑になど、おそらくまったく気づいていないであろう楓は無邪気に聞いてくる。あたしは一瞬、ぐっと受話器を握り締めた。
「ねえ、楓。今日ひま?」
「うん、暇だけど・・・どうしたの?」
「あたし、夏樹と遊園地に行く約束したんだけど、だめになったの。だけど、遊園地のフリーパスが今週いっぱいで切れちゃうから、もったいないでしょ?せっかくのタダ券・無駄にしたくないから。楓・行かない?」
夏樹が来ない、というのはもちろん嘘。楓を誘うために嘘をついたのだ。夏樹が一緒だと言うと、楓のことだから余計な気を使って、行かないと言い出しかねないから。
だけど、楓がいないと意味がないのだ。あたしはふたりの前でさよならを言いたかった。笑顔で、新しく始まるふたりの恋を応援したかったから。
一瞬、楓が電話の向こうで考え込む気配。
「いいわ。どこで待ち合わせする?」
楓の返事にほっとしつつ。
「あたし、用事があって先に行くから。十二時に遊園地の時計台の下で。悪いけど、入場料だけは払ってくれる?」
そう告げて、電話を切った。
外に出ると、空は悔しいぐらいのぴーかんの青空。
「今日はがんばらなくちゃ」
そう自分に言い聞かせて、あたしは夏樹の待つ駅へ向かった。
「ねえ夏樹、次はあれにのろっっ!」
10時。
あたしと夏樹は遊園地にいる。
「・・・そだね」
夏樹はとりつくろったような笑顔を見せる。・・・お願いだから、一度でいいから心から笑ってほしい・・・これが最後だから・・・今日を最後に、友達に戻るから。あたしは、泣きたい気持ちを押さえて必死で笑顔を作る。
そういえば、最初のデートも遊園地だった。
あの時はガチガチに緊張して、笑顔を作りたくても作れなかった。話題が続かなくて沈黙の重さにつぶされそうになっていた。あれから約一年、まさかこんな日が来るなんて思いもしなかった。あの時とはまた違った意味で無理に笑顔を装う自分がいる。
いつだったんだろう、夏樹の笑顔が、あたしといるときよりも楓といるときのほうが柔らかく輝いてみえるのに気づいたのは。
最初は、気のせいだと思いたかった。だけど日を追うごとに夏樹の顔から笑みが消えていって、夏樹の気持ちが離れていこうとしてるのを嫌というほど思い知らされた。
夏樹の笑顔をくすませてしまったのは自分の言動が原因だと言うのはわかっていた。だけどそれに気づいたからって、今までの自分を変えていこうなんてのは至難のわざで、いくら楓のようになりたいなんて思っても思うようになれない自分に腹が立つやら、情けないやらで・・・。
さんざん泣いた。うだうだ悩んだ。だけど結論はいつだってひとつしか出てこなかった。
このままいてもつらいだけだし、夏樹の思いもそう簡単に動くはずもない。
それなら『彼が別れを言い出す前に、自分が退くしかない』と。
11時30分。
「お腹すいた。何か食べようよ」
夏樹がレストランのほうへ向かい、あたしもそれについていく。
「・・・・いらっしゃいませ」
マニュアル通りの、うわべだけの笑顔を浮かべたウェイトレスが、ごとん・と音がしそうなくらい無造作に水とメニューをおいて去っていく。どうする?といわんばかりに、彼が無言であたしのほうにメニューを広げてみせる。
「いいよ、夏樹から先に決めて」
そんなあたしの言葉に、彼は少し驚いたようだ。
「何か、今日は梢が優しい。・・・・・ごめん」
「いいよ、本当のことだもん」
あたしは肩をすくめてみせる。今まで、夏樹の優しさに甘えっぱなしだったあたし。最後のデートになりそうな今となっては、もう反省しても遅いけど。
12時03分。
あたしたちは時計塔の下にいる。そろそろ、楓が来る頃だ。
「夏樹、あたしちょっと電話してくるから、ここで待ってて」
「・・・わかった」
あたしはそこから50m先の電話ボックスに走る。受話器を取り上げて、番号を押すふりをしながら時計塔のほうを見つめる。その瞬間、あたしの視線はそこで凍りついたように動けなくなってしまった。
楓が、いる。
楓と夏樹が顔を見合わせている。どうして?と言わんばかりに。
あたしは受話器をおいた。電話からテレカが吐き出されるときの合図音がやけに耳に残る。
・・・・・・最後だ。これで終わりにするんだ。うまくお芝居するんだよ、梢。自分自身にそう言い聞かせて、あたしは電話ボックスの扉を開けた。
一歩一歩ふたりの元へ近づくごとに、揺れる気持ちをどうにか笑顔の下に押し込んで、ふたりのいる時計塔へまっすぐに歩いていく。
「梢ちゃん、これはどういうことなの?」
楓があたしを見る。そのとまどいを隠せないと言わんばかりの視線を出来るだけ見ないようにした。
「今日はね、あたしと夏樹の最後のデート」
わざと明るく、さらりという。
「おい、それって・・・」
息をのむ夏樹。それを見ないふりして続ける。
「そして、夏樹と楓の最初のデート」
笑いながら、決して涙は流すまいと、爪がくいこむくらいきつく、こぶしを握り締める。
楓は目に涙をいっぱいためて、じっとあたしを見ている。
「気づいてたのか?僕が楓のほうを見てたって」
夏樹の問いにうなずく。
「・・・気づいてた。女の子ってね、こういうことにけっこう敏感なんだよ。楓の想いも知ってた。・・・でも、二人ともあたしに遠慮して、お互い打ち明けようとしないんだもん。ふたりの優しさにこれ以上甘えていられない。夏樹が冷たく突き放してくれたら、楓があたしをさしおいて夏樹と両想いになってくれたら、あっさりと忘れられたのに・・・ふたりとも優しいんだもん。そうなると、あたしが退くしかないじゃない。夏樹があたしのことを見ていないし、これ以上あたしを好きになってくれないってわかった以上は!」
「ごめん、梢ちゃん、ごめん・・・!」
楓が、とうとう泣き出した。
「ばかねえ、なんで楓が泣くのよ。素直になっていいんだよ、自分の気持ちに正直になっていいんだよ。だから笑ってよ、ね?・・・夏樹、今までありがとう。わがままな彼女でごめんね。・・・これからも、できれば『友達』でいてくれる・・・?」
「・・・梢にこんな思いをさせて、許してもらおうとは思わない。でも、梢さえよければ、こっちからお願いしたいぐらいだよ」
彼がうなずいてくれるのを見て、また泣きそうになった。
「さて、それじゃあ邪魔者は消えるとするか。・・・うまくやんなよ」
あたしは後ろ向きで二人に手を振った。
すたすたと歩いて行って、途中で振り返ると、楓と夏樹が手をつないでどこかへ去っていく後ろ姿が見えた。
それを見送りながら、これでいいんだ、少なくとも二人にはこうしたほうが良かったんだ、きっと。あたしは何度も何度も心の中でそうつぶやいていた。