「彼女の彼」 
〜♪恋人のふりをして今日だけは歩いてね  めずらしく私へと歩幅を合わせてくれた    
    傾いたこころはもう神様も動かせない   明日から大切なあなたはもう彼女の彼♪〜       
 
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 ♪き〜ん こ〜ん か〜ん こ〜ん♪
 ・・・・・・その瞬間、教室中で鉛筆と消しゴムが宙を舞った・・・・というのは嘘だけど。
「よーし、答案を後ろから集めろー!ちゃんと掃除して帰れよー」
「はぁーい!!」
先生の声に返事するみんなの声も心なしか明るい。

 今日は一学期の期末試験の最終日、そしてたった今最後の教科が終わったところだ。土曜日ということもあってか、教室は解放感にあふれて騒がしい。
 そんな中、あたし・相川梢は一人重大な決心を抱えて、教室の最後列の富田夏樹の席に向かう。  
「ねえ夏樹、テストも終わったことだし、明日は二人で遊園地に行こうよ!」
帰り支度をしていた彼は一瞬困ったような顔をする。・・・いつからこんな顔するようになったのかな・・・心の中でため息つきつつも、あたしはその表情に気づかぬ振りをした。
「・・・・よし、じゃあ明日行こう、遊園地。」
 明るく言う彼。だけど、それがかなり無理して言ってることだと気づかないほどあたしは鈍感じゃない。 
 
 優しい夏樹。いつでもあたしを傷つけまいとしてる。    
 だから今、彼が好きなのはあたしじゃないことも、本命はあたしの友達・森本楓だということも。
 そして、楓も夏樹のことを好きだということも。
 だけど、二人ともあたしに遠慮してお互いの本心を打ち明けられないことも、みんなみんなお見通し、気づいてる。
 
 もちろん、あたしも楓に負けないくらい夏樹のことが好きだ。
 でも、もう耐えられない。 
 『彼女』であるあたしのために自分の本当の気持ちをおさえている夏樹と、『友達』の彼を好きになって、それでもあたしと夏樹の事を応援している楓。そんなふたりの優しさに。
 夏樹が、はっきりと「さよなら」を言ってくれれば、楓が抜け駆けして彼に告白して二人がくっつけば、それなりにふんぎりがつくのに、ふたりともそんなことを口にしないからあたしからこの恋を終わりにしようと決めたのだ。

 ものすごく迷った。この結論にたどり着くまで長い長い日々だった。
 自分でも馬鹿なことをしようとしているのはわかってる。
 自分で実らせた恋を、また自分の手でこわそうとしているのだから。

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 夏樹と初めて会ったのは昨年の夏だった。
 裏庭でうっかりコンタクトを落としてしまい、焦っているところへ彼がやってきた。どうしたの?と聞く彼に訳を話すと。
「それは大変だね。僕も一緒に探してあげるよ」
 そういってにっこり笑ったかと思うと、芝生の上によつんばいになって探し始めた彼。高校生がそういうポーズをとっているのが珍しかったのと、ちっちゃな子供のような笑顔が妙にかわいい!と思ってしまった。
 
 はっきり言って、ひとめぼれだったと思う。
 
 ・・・・・・その後、無事にコンタクトは見つかり、そしてあたしと夏樹はつきあうようになった。
 楓と彼が同じ吹奏楽部なのをいいことに、楓と一緒に帰ろうと言う口実で吹奏楽部の練習が終わるのを待ったり、個人的なデータは楓に仕入れてもらったり。さらに、元々好きで入った写真部だったけど、ここぞとばかりに吹奏楽部を撮影に行って、練習風景を撮ってるように見せかけつつも実は全部彼の写真だったりとか。そうしているうちに「彼女はいない」というのを聞いて、一大決心の末・彼に告白したのが夏休み明けだった。
 
 あたしの彼が夏樹だと知ったとき、楓以外の友人たちはそろって「信じられない」「つりあわない」などと言ったものだ。 
 おとなしくてまじめな夏樹に、おてんばで騒がしいあたし。自分でもつりあうはずないと思っていたから、彼がOKの返事をくれたときには、うれしいと思う前に自分の頬を思いっきりつねったほどだ。 
 彼とのデートの時、最初のうちはすごく緊張してまともに話せず、夏樹の顔をまっすぐに見れない日々が続いたけど、そのうちにだんだん慣れてきて、いつものように振る舞うことができるようになった。デートの行き先や目的はたいがいあたしが決めて、夏樹はそれに何も言わずにつきあってくれた。たまに自分の行きたい所を言うこともあったけど、それでもあたしが主導権を握っているようなもので、夏樹もあたしといて楽しいのだと(今思えばすごい思い上がりだけど)思っていた。

 だけど、気づいてしまったのだ。いつのまにか彼の表情から笑顔が消えてしまったことに。

 それでも、彼のことが好きで、失いたくなかったから気づかぬふりをしていた。
「あたしって、嫌な女〜!」と何度も思ったけど、それを夏樹への思いが打ち消したのも、事実だ。 
 でも、もうこれ以上そんなことは続けられないことを、嫌というほど思い知らされる。あたしが一途であればあるほど、彼の心は離れていくのだから・・・・・・。

 「で?梢はどうしたいの?」
 悩んでも悩んでもどうしても答えが出せなくて、ついにあたしは瞳子さんに相談することにした。あたしの話を黙って聞いた後、瞳子さんがぼそり、とつぶやく。
「それがわからないから、瞳子さんに相談してるんじゃない」
「じゃあ聴くけど、今あたしが例えば富田と楓の気持ちは無視して、見て見ぬふりして富田と付き合い続けろといったら梢はそうするの?」
「そんなことできないよ・・・今はよくてもしばらくしたらまた悩むと思う」
「じゃあ、今すぐ別れろ、と言ったら?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「迷ってる気持ちはわからないでもないけど、こればっかりは他人がどうこう言うもんじゃないでしょ?悪いけど、その件に関してはあたしはあんたの背中を押すことはできない。決めるのは自分だよ。」

 瞳子さんの言葉は厳しいけれど、裏に瞳子さんなりの思いやりが隠れているのはわかる。
「それに、その分野はあたしも苦手でね。あたしが相談したいぐらいなのよねぇ。ごめん、力になれなくて」
苦笑いする瞳子さん。
 頼りにしていた瞳子さんから帰ってきた答えはあたしの想像とは違ったものだったけど、それでも何かを決めるきっかけにはなりそうだった。
 
 そして、悩んで悩んで決めた答えが、夏樹と別れること、だった。
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