『卒 業』 C
 数日後。
 「かえでー、梢から手紙が来てるわよ」
紅葉(くれは)お姉ちゃんが新聞を取りに行って、ポストに入ってたよ、と四角い封筒をくれた。
 何だろう?と封を切ると、中から三つ折りにした便せんとあたしが渡したサイン帳が出てきた。サイン帳を渡したものの、返ってこないだろうと覚悟していたのでなんだかうれしくなって、でも、同封された手紙に目を通した瞬間、あたしは驚いて言葉を失ってしまった。   
 「あの頃、3人で約束してた『一緒の大学に行く』ことは実現できなくなりました。もっと写真の勉強がしたくて、東京の大学に進学することに決まったから。向こうで桂(かつら)姉ちゃんと同居する」と記されていたからだ。
 
 あたしが、あわてて梢ちゃんの家に電話をかけると、電話に出たお父さんが梢ちゃんが上京する日が今日で、空港行きの電車に乗るために駅に向かったと教えてくれた。いてもたってもいられなくなって、あたしは紅葉お姉ちゃんに駅まで送ってもらうことにした。
 ・・・今言わないと、今会わないともう梢ちゃんとは一生仲直りなんてできないと思ったから。

 駅につくと、梢ちゃんが乗る電車はまだ来てなかった。あたしは入場券を買い、急いで空港行きの電車の来る5番ホームに向かう。
 ラッシュアワーを過ぎて、人が少なくなったホームのベンチに梢ちゃんが一人で座っていた。 
 駅の周りの咲きかけの桜が、風に揺れるたび花びらを散らす。それは、あたしが繰り返し夢で見た、あの風景そのものだった。
 梢ちゃん、と呼びかけると彼女は顔をあげて微かに苦笑いした。
 「誰にも知らせずに行こうと思ってたのに・・・」
 その時、轟音と共にすべりこんで来る電車。荷物をとって立ち上がり、何も言わずに電車に乗る梢ちゃん。
 「梢ちゃん!」
再び呼びかけたあたしに、
 「見送りに来てくれてありがとう。・・・落ち着いたら、手紙書くから」
涙でうるんだ瞳でほほえむ梢ちゃん。 発車のベルとアナウンスが響き渡り、ゆっくり電車が動き出す。 あたしは電車が小さくなり、見えなくなるまで見送った・・・。
  
 4月。
 夏樹くんと二人、一緒の大学に入学して何日かたち、大学生活になれ始めた頃、梢ちゃんから手紙が届いた。

  「Dear  KAEDE 
  やっとあたしも東京のスピードになれて、桂姉ちゃんと二人、毎日遊びまくっています。
  家を出てから改めて思ったことは、みんなと毎日バカやってた頃がすごく懐かしいってこと。
  みんなどうしてるかな、ってすごく恋しくなる。
  あと、楓に冷たい態度とったまま上京してきていますごく後悔してる。
  夏樹が楓のほうを向いてる、って気づき始めた頃からはっきり言って楓の顔を見たくなくなった。
  でも一方で、楓になりたい、夏樹に愛されてる楓になりたい・・・って思ってた。
  矛盾してるよね。
  あたしと夏樹と楓の3人の空気って言うか、雰囲気が好きでそれを壊したくなかったのも事実。
  なんだかんだ言っても楓はあたしの大事な友達だから。
  あんなことになった後も、本当は謝りたくてしょうがなかった。
  でも夏樹への気持ちがそれを邪魔してた。
  卒業式の日、あたしたちの話を楓は聞いてたんでしょ?
  あたしはあの時高校と一緒に恋からも卒業しようと決めたの。
  今でも、夏樹のこと思い出すと少し胸が苦しくなるけど、前よりはずっと楽なんだ。
  そのうち、東京で素敵な恋を見つけよーかな。
  楓もがんばってね。勉強にも、恋にも。・・・じゃあ、また手紙かくね。
 
  P.S 
  ゴールデンウィークには一度家に帰ります。いろんな話しようね。絵里たちとも遊ぼうね。

  P・S.2
  今、マンションの前の公園の桜が満開なの。
  東京ってあんなに人が多くてごみごみしてて、空気も汚れてるのに、
  桜の花はそっちと同じぐらい綺麗なの。
  そっちのほうはもう散りかけてるかな。学校の屋上から校庭の桜を見ながら大騒ぎした
  あの頃に戻りたいと時々思うあたしです。
                                                1995・4 梢  」 

 
 手紙を読み終えて、あたしはすごく梢ちゃんの声が聞きたくなった。
 ゴールデン・ウイークまでとても待てやしない。受話器を取り上げ、手紙に書かれていた梢ちゃんの家の電話番号を押す。

 「もしもし・・・梢ちゃん?あたし・楓。・・・ううん、用事なんてないの。ただ、声が聞きたかったの・・・・」

 春4月。
 庭の桜の木が、風に揺れている。
 ・・・・・・ひらり。花びらがひとひら、雪のように手紙の上に落ちた・・・。

 

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IntermissionA
 2話終了です。
 この物語も初出は所属サークルのテーマに沿って発表したものなんですが、正直発表する時に勇気が要ったのを今でも覚えています。
・・・・・・というのも、1話で「梢の彼を盗った」楓が主人公だから。
 幸い、初めてサークルに投稿した1話に好評いただいたのはありがたかったけど、1話だけを読んだ人にはかなり嫌われてた楓。
 ブーイングを覚悟して発表したところ、予想外に楓の株は上がりましたが、夏樹が悪者になってました。

「夏樹が優柔不断だったから梢も楓も悩んだんだ!」
「男だったらはっきりせい!しっかりしろ!!」・・・だそうで(苦笑)

 さて。
 1話と2話の登場人物の名前にはある共通点があります。それは「木(樹)にちなんだもの。」ということ。
 特に意味はないんですが、ずっと前から「楓」という名前を使いたくて、「彼女の彼」のストーリーができた時に、じゃあ出てくる人を木にちなんだ名前をつけようと、ふっと思い浮かんでつけたのが梢、夏樹、梢の姉・桂(かつら)、楓の姉・樹(いつき)と紅葉(くれは)となりました。
さすがに瞳子たち・仲良しグループの名前をつけるときにはその法則にのっとった名前が思いつきませんでしたが・・・・。

・・・というわけで次は瞳子の物語です。
梢たちのよき姉貴分・瞳子の素顔に迫ります。


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