悲しみは雪のように
 あの日も雪が降っていた。
 めったに見ることのできない、灰混じりのグレイの雪が。

                   −1−

 「おい園田、坂本!ちょっと早いけど上がっていいぞ」
 午後十時・バイト先のコンビニ。先輩の言葉に素直に甘えて、俺たちはロッカールームに引っ込んで帰り支度を始めた。
「なあ高史、おまえこれからめし食うんだろ?だったら俺のうちに来ないか?」
「え?いいの?おまえ料理なんてできたっけ?」
「何いってんだよ。今日はあいつがめし作ってくれるのさ」
上機嫌のこいつ・坂本洋平は最近彼女ができて、幸せのまっただ中にいる男なのである。
「おじゃま虫なんてごめんだぜ」
ため息つきつつ俺が言うと、にんまり笑って奴が言う。
「俺だって嫌だよ。だけどさ、あいつがおまえに会ってみたいんだと。おまえと同じ鹿児島出身だから、話が合うかもしれないぜ」

 鹿児島出身。その言葉に俺のこころが一瞬ぐらついた。 

 『灰の降らない街に住みたい』それが俺たちの願いだった。 
 否、俺達だけじゃなく、この街に住む奴らはみんなそんな思いを抱いて生きていたに違いない。 
 ほぼ毎日のように噴火し、火山灰をまき散らす桜島を観光客は喜び珍しがるが、実際生活するものにとってはその雄大さを誇りに思う一方、迷惑な存在としてとらえていて、あたり一面をグレイに染めて降る火山灰に閉口しながら高校卒業までの18年間を過ごして来た。

 そんな中、俺・園田高史と松下葵は高校入学と同時につきあい始めて2年、とにかく鹿児島を離れたい、その一心で二人とも東京に行くと決めていた。
 ところが、俺が希望の大学にすべて落ちたことで地元に残って浪人生活をすることになった。それは同時に、すでに就職が決まっていた葵と東京=鹿児島間の遠距離恋愛が始まることを意味していた。

 「離れてても、きっと私たち大丈夫よ。距離なんて関係ない、一年なんてすぐだから」
あの日から、それが葵の葵の口癖になった。だけど、その1年を、俺達は乗り越えることができなかった。

 今思えば、予備校とバイトの往復で忙しさに紛れて葵のことをほったらかしにしていた俺だった。
 いつのまにか俺たちの間に少しずつ見えないひびが入り始め、電話をするたびに些細なことで言い争うようになって、長期の休みには必ず帰ると約束したのに、葵は会社の同僚と旅行するとかで帰省しなかった。
 さすがの俺もこのままじゃまずいと思い始めた今年の2月、第一志望の大学の合格通知を受取ったその日、葵からの一通の手紙で俺達の恋は終わった。

  『来ない手紙を待つことも  
  電話が来ることを期待するのにも
  高史のことを考えることにも疲れてしまいました。
  もうすぐ高史が来るのはわかってるけど、私はもう待てない。
  離れてる高史よりも近くで支えてくれる人についていく事にしました。  
  ・・・・・・ごめんなさい、さよなら。    葵』



 俺は、しばらく状況がつかめずに、その場で立ちつくすしかなかった。
 信じられない、という気持ちが最初に浮かび、葵がこんな手紙を書かずにいられないほど寂しい思いをさせていたのだ、と気づくまでにしばらく時間がかかった。
 こんな短い手紙だけど、本当は俺に言いたいことはもっとたくさんあったのだろう。
 たった数行の手紙に、葵の寂しさや苦しみや怒りが見えてくるような気がして。

 その日、鹿児島に何年かぶりに雪が降った。
 風に乗ってふわりと舞う白い雪が、地上に降りた途端、路面に積もった火山灰と混じってたちまちグレイに染まる。
 その色が俺の心の中を映しているようで、やけに哀しかった。

 春が来て、俺は東京の住人となった。
 そして俺がまず最初にしたことは、手紙の住所を元に葵を探すことだった。
 だけどどんな手を尽くしても見つからなかった。
 アパートの管理人さんは2月の末に引っ越したのだと言い、葵の会社に問い合わせたが別の部署に配置換えになったの一点張りで教えてくれなかった。
 さすがに葵の実家に聞くわけも行かず、高校時代の友人に聞いても他と同じような答えが返ってくるばかりだった。  
 完全に葵と俺をつなぐ糸が切れてしまった今、でもいつかは会えると信じて同じ東京の空の下で暮らしている。
 
                               − 2 −

 洋平のアパートに帰り着いたのは11時少し前だった。
 「何かいいよな。一人暮しの部屋で誰かが待っててくれるっていいよな」
 洋平の言葉に俺もうなずく。実家なら自分が帰り着く頃には必ず誰かがいて、暖かい御飯があって、家の中も明るい。
 だけど今は帰っても誰もいない、暗くてしんと静まり返ってる部屋。これで留守電に何も入ってなくて手紙さえもないとなると男の俺でさえ寂しくなってくる。

 階段を上がって、洋平がドアを開けると、奥から女の子が出てきて俺たちを出迎えてくれる。
「おかえり!洋ちゃん」
「ただいまぁ〜♪」
洋平はとろけそうなにやけ顔。だけど、俺は何も言えなかった。こわばった表情で二人を見ていた。

「なんて顔してるんだよ。あっ、さてはこいつに見とれてたなぁ〜?・・・紹介するよ。俺の彼女、松下葵。・・・・・・葵、こいつは園田高史。」
「・・・初めまして!松下葵です。よろしく!」

 思わずめまいがしそうになった。
 洋平の彼女が葵だったのにはびっくりしたが、それ以上に笑顔で初対面のふりをした葵にがく然とした。

 「ごちそうさま。また、明日な」
 夢にまで見た葵の手料理も、ほとんど喉を通らなかった。
 本当に夢を見ているような気がしていた。
 あれほど探しても見つからなかった葵が、実は案外近くにいて、しかも自分の友達のとなりで幸せそうに笑ってる。まさに悪夢と言ってもいいだろう。

 「下まで送るわ、園田くん」
葵が玄関先に出てきて靴を履く。階段を下りて、タクシーの拾える通りまで歩いていく。
「知らなかったよ、洋平とつきあってたなんて」
俺が言うと、葵はにこりともせずにつぶやいた。
「あたしも、まさか高史に会えると思わなかった。行き先は知らせるなって口止めしたのに。
どうして、東京に来たの?あたしは高史を忘れようと思っていたのに」
「決まってるだろ?葵とやり直すためだよ」 
「そんなに思ってるのなら、どうして連絡くれなかったの?!あたし、寂しかったんだから!
・・・・・・もう遅いよ。あたしはもう、洋ちゃんの彼女なんだから!」

 葵の言葉が、俺の心に突き刺さる。もう俺たちは、あの頃の俺たちには戻れない。そう思った。
 なかなかつかまらなかったタクシーが、やっと俺たちの前に止まる。
 
 「葵・・・今幸せか?」
 俺の問いに、歩き出そうとしていた葵は背を向けたままつぶやいた。

 「幸せよ。・・・少なくとも去年の今頃よりはずっとね」

 「おや・・・冷えると思ったら雪ですよ」

 家の前で、俺が降りようとした時運転手さんがつぶやいた。
 見上げると、真っ黒な空から白い雪がふわり、ふわりと落ちてくる。 
 あの日も雪だった。葵から最後の手紙をもらった一年前のあの日も。俺はこみあげてくる悲しみをこらえながら、
静かに降り積もる雪をただずっと見ていた。 

 誰もいない自分の部屋には帰りたくない。今は一人になりたくない・・・・・・俺は歩き出した。

 まだ消えそうにない葵への想いを抱えながら・・・・・・。

                                                [THE END]
From Yuzuki
この話を最初に書いたのって、一体何年前だろう。
多分二十歳そこらだと思うんだけどなあ。
地元のラジオ番組の一コーナーに、ある一つの曲を元にショートストーリーを書け、というのがあって、私はそこにしょっちゅう投稿してました。
そのはがきネタが元になってこの物語が生まれました。

タイトルの通り、そのときの課題曲は浜田省吾「悲しみは雪のように」でした。

ちなみにこれ、続きというか、葵視点バージョンがあります。
よかったら、こちらも。        ⇒葵ver「桜坂」


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