夏の終わりのハーモニー
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 その手紙が届いたのは、梅雨が明けたばかりの七月半ばの事だった。     
 差出人の名は鷲尾栄美(わしお・えみ)。懐かしい同級生の名前に、わくわくしながら急いで封を切る。
 
     『川村樹乃(かわむら・みきの)様。
     日一日と暑さが増してきますがお元気ですか?
     お仕事頑張っていますか?
     私は家事と育児に追われ、夏ばてをする暇もないくらい、
     毎日ばたばたと家の中を走りまわっています。

     ところで、今回はお知らせがあります。
     寮が、取り壊されることになりました。』

 
 寮が、取り壊されることになりました。
 その一行を読んだ時、思わずどきっとして、淋しさというか、ついに来たかというか、どっちともつかない複雑な気持ちがこみ上げてくるのを感じながら、手紙を読み続ける。
 
     『そこで、OG会の先輩たちが、寮の最後を見送ろうということで、
     八月十三日にお別れ会みたいな催しを計画しているようです。
     樹乃は、夏休みで帰省しないのですか?
     仕事・仕事で樹乃ずっとこっちに帰ってないでしょ?
     樹乃ママがぼやいてたよ、嫁にも行かず、仕事を口実に全然帰って来ないし、
     なにやってるんだーって。
     とにかく、予定が決まったらすぐ連絡ください。
     真里と理佳は参加できるそうなので、お別れ会とは別にみんなで飲みましょう。
     良い返事を、お待ちしています。

     追伸 
     樹乃んちのFAX、故障してるんじゃないの?
     このお知らせを最初はFAXで送ったけど、いっつも未送信で返ってくるよ!
     一度チェックしてみてね。
                              2001年7月 鷲尾 栄美』

 

 手紙を読み終えて、すぐにFAXをチェックすると、用紙が切れていた。こんな些細なことに気づかない自分に苦笑しながら、新しい用紙を補充する。
 そういえば、最近は何もかもを忙しさのせいにして、淡々と感動も変化もない毎日を過ごしてきたような気がする。
 短大入学と同時に、故郷から遠く離れたこの街で暮らし始めてもう十年近く。18歳だった私も、もうすっかり三十路に片足をつっこんだ年齢になって、女子社員の中では上のほうになってきた。
 やりたい仕事につくことが出来て、あの頃は幸せな気持ちで日々を過ごしていたはずだ。
 その気持ちを一体いつ、どこで落としてきてしまったのだろう。
 
 今度の夏休み、久しぶりに帰ろうかな。
 私が生きてきた中で、特に印象に残っている高校時代。
 懐かしい友人たちに会って話がしたい。手紙を読むまではなんとも思わなかったのに、なぜか今は強くそう思える。
                             
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 私が在籍した叶野(かのう)女子高校の第三寮は『合唱部寮』の異名を持つということを知ったのは、合唱部に入部したあとのこと。
 高校の入学式の日、壇上にずらりと並んだ合唱部員が奏でる校歌を聞いた瞬間、あまりのハーモニーの美しさに鳥肌が立つほど感動してしまった私。
 その後、寮の同室の子に誘われたこともあって入部したものの、私が第三寮生で合唱部に入ったことを知ったクラスメイトたちは皆「お気の毒」といわんばかりの顔をしたのだ。
 
 私は何も知らなかったが、合唱部は全国大会常連の九州トップレベルの合唱団で、学区外からも「合唱部に入りたい」為に入学する子もいる程。さらに、音楽系の部活出身者や、音楽の成績の良い生徒を第三寮に入寮させて寮全体で勧誘するので、寮生のほとんどが合唱部員になってしまうと言う伝説?があるらしいのだ。
「あー、それを改めて私に聞くってことは樹乃は知らないで第三寮に入った口だね」
・・・と私を部活に引っ張り込んだ張本人・理佳が笑っていた。
 
 一緒に入寮した同期は八人。
 中でも、同じアルトに入った私たち四人、『合唱部に入りたくて』叶野に入った南野理佳と広沢栄美。
 地元出身だけど、家庭の事情で入寮した末永真里。
 そして合唱部の事を全く知らずに入学し、合唱部員になった私・川村樹乃。
 授業以外は音楽漬け、体育会系の部活並みに厳しい練習スケジュール。……部活の為に学校に行ってるような生活が全然苦痛にならなかったのは、みんながいたから。
 親元を離れ、築二十年は経とうかという古くて狭い寮での共同生活に耐えられたのも、みんながいたから。
 実の親兄弟以上に寮の同期たちが頼りになったし、大切だった。そんな楽しい日々が、いつまでも続けばいいと思っていた。
 だけどその一方で、物事にはいつか必ず終わりがあるように、夢のような毎日も、時間という名の現実には逆らえずに終わる日が来ることを、私たちはちゃんと悟っていた。

 高校卒業と同時に、私と理佳は進学の為県外に出てそのまま就職した。
 真里は卒業後実家に戻ったけれど、やはり家族とそりが会わずに、恋人と家出したきり音信不通。
 唯一、県内に残った栄美からの情報が頼りだったけど、彼女が結婚して一児の母となった今、それも途絶えがちだ。
 
 15歳から18歳までの三年間に培った友情は、ずっと不変のものだと信じていた。
 だけどそれは叶うことなく、初めて出会った日から12年、私たちは28歳になり、鬼と陰口叩かれつつも皆に慕われた当時の顧問は今年の春で教職を退き、私たちの思い出がたくさん詰まった寮はもうすぐ無くなってしまう。
 一番輝いていた高校時代の面影がだんだん薄くなってくるのはなんともいえない寂しさを感じてしまう。
  
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 「お帰り!樹乃」
 八月十二日。
 久々に帰郷した私を、友人たちが空港まで迎えにきてくれた。
「なぁんだ、みんな変わらないじゃん」
出迎えた3人に向かってついそう言ったものの、何だかどぎまぎして目を合わせづらい。
 基本的なところはそのままとしても、みんな化粧とおしゃれを覚え、それなりに人生経験をつんで、あの頃以上の輝きを放っているような気がして。
 
 その日の夜。『お別れ会』を明日に控え、私たちは一足早く4人で栄美の家に集合した。
 栄美の旦那さんが気を利かせてくれたのか、子供を連れて実家に遊びに行ってくると言い残して出て行った。それに感謝しつつ、私たちは会えなかった時間を埋めるように、いろんなことを話した。話題の中心はやっぱり高校時代・特に部活の話で、もう卒業して十年近く経つというのに、今でも鮮やかに覚えていることに驚きつつも、時を忘れて語り合った。
 
 そのうち高校時代の話題も尽き、今度は自分の近況報告に話は移っていく。
「それにしても真里によく連絡ついたね。家出したって聞いたときにはびっくりしたわよ。真里は今何やってんの?」
「あたし?・・・・看護学校に通ってる。今高看の2年生」
「はぁ!?」
初めて聞いたあたしと理佳は思わず顔を見合わせる。28歳の今、改めて学生をしていることはともかくとして、看護婦と言う職業を一番敬遠していたのは、他でもない、真里自身だったのに。
「あの人が一生かけてやろうとしてる仕事の偉大さを知りたくなってね」
『あの人』とは、真里のお母さんのこと。お父さんの再婚で後妻としてやってきた今のお母さんとうまく行かなくて、真里は寮に入ったはずなのに。
「ほら、あたしあの人とうまく行かなくてオトコと家出したじゃん?
2人でバイトしながら一緒に暮らしてたの。だけどさ、半年ぐらいで親に居所ばれて連れ戻されて。彼氏とも自然消滅して。やっぱあの時が生きてるうちで一番辛かったね。自分のことでいっぱいいっぱいで、おなかの中に子供がいることにも気付いてやれなかった。・・・結局気付いた時は手遅れで、流産しちゃって。ほっといたらあたしの命まで危ないって所を、あの人が助けてくれた。・・・不思議なもんでさ、あんなにいがみ合ってたあの人が神様に見えた。看護婦ってすごいな、って思ってさ。」
 
 「あたしね、栄美から今回の頃聞いた時、ちょうどいいタイミングだな、って思ったのよ」
 真里の話が終わって、今度は理佳が切り出す。
「ちょうどいい・って?」
「今回こっちに帰ってきたのは、お別れをする為なんだ。寮と、みんなに」
「???」
首をかしげるあたしたち3人に、ゆっくりと理佳は告げる。
「あたし、再来月ロサンゼルスに引っ越すの。あいつが・・・彼が、海外赴任が決まってね。何年いるかわからないって言われた。・・・・あたしは、追いかけることにしたの。彼のいない生活が考えられないくらい、大切な人だから。やっと親説得して、来月いっぱいで会社辞めるの。今じゃなきゃ、今決意しなきゃ絶対後悔すると思って。だから皆には報告が遅れちゃったけど・・・・しばらく日本離れるから。お別れを言いに帰ってきたの」
そう言った理佳の表情は晴れ晴れとしていて。ただでさえ美人の理佳が、それ以上にまぶしく輝いて見えた。
 みんなが、ちゃんとそれぞれの「今」を自分の足で歩いている。誰一人として他人と同じ道を歩くことなく。
                                   
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 翌日の午後。
 あたしたちは高校生活のほとんどを過ごした第三寮の庭に立つ。
「ねえ、この寮ってこんなに広かったっけ?」
中に入った誰もがそう言った。
 取り壊しを間近に控えた寮の建物はほとんどのものが運び出され、まさにその歴史がもうじき終わりを告げようとしているのを物語っていた。
 そんな中、あたしたちはカメラ片手に寮内を歩き回る。
 台数が少ないから、洗濯機の順番取り合戦が毎夜繰り返された洗濯室。
 時間になると給湯器が切られてしまうため、順番が後ろの方になる下級生時代・時計と睨めっこしながら使ったシャワー室。
 この寮が「合唱部寮」の異名をとるきっかけになった、ピアノが置かれ、大会や定演の写真やポスターがはりめぐらされていた練習室。大会前なんかは、誰に言われるでもなく夕食後にここで自主練習をしていたっけ。そんな思い出を口々に語りながら。
 そんな想いを抱えているのは私たちだけじゃないらしく、集まったOGの人々・上は四十代後半から下は今年の春に卒業したばかりの子達まで、やはりあたしたちと同じように思い出を語ったり、記念撮影をしたりして、この寮と合唱部にただならぬ愛着を感じてるのがひしひしと伝わってくる。

 「ねえ樹乃、ちょっと部屋に行ってみない?」
 寮で同室だった理佳がこそっ、とささやく。あたしはうなずいて、周りに人がいないのを確かめると、すでに「立入禁止」のロープが張られた階段を昇り、2階の奥の自分たちがかつて生活していた部屋へ向かう。

 「あれはまだあるかな・・・・おっ、あったあった」
 学生時代、押入れの天井板が一枚はずれるようになっているのを見つけたのは理佳だった。そこに隠されていたある物に気付いたのも。そして私たちが卒業して10年経った今でもそれはそこにあった。うっすらと埃をかぶった、表紙がセピア色に変色しつつあるアルバム。
 「この部屋から最初に巣立った合唱部員より未来の合唱部員達へ」そんな言葉が綴られた日付は昭和48年3月1日。おそらくこの部屋の最初の住人が始めたであろう、私たちの部屋に代々存在するアルバム。
 それから約20数年間、この2階の角部屋の住人達が綴ってきたこの部屋の歴史。もちろん、私たちも部屋の中や仲間たちの写真、大会や合宿の記念写真、そんなものを貼り付けて卒業した。その次とその次まではられ、3年前の日付が最後になっているのは、きっと寮生の減少でこの部屋に住人がいなかったからなのだろう。
「ねえ、これさあ、誰も覚えてなかったらあたしたちがもらってもいいかなあ?」
理佳の言葉に一瞬二人で顔を見合わせ、次の瞬間、にんまりと笑った理佳のバッグの中に、それは収まったのだった・・・。 
 
 「昨夜さあ、皆が自分のことを話したけど、樹乃はあんまり話さなかったよね。何か迷ってることとか、悩んでることがあるんじゃない?」
開け放った部屋の窓から吹き込んでくる風を受けながら、理佳が聞く。
 昨夜の真里や理佳の話を聞いたあとに話を振られたあたしは、コンピューターソフト会社のしがないお局プログラマーよ、とだけ答えた。
 でも本当は誰かに聞いてもらいたかった事がある。今のあたしの心を占めている、おそらくあたしの人生の中でも最大級の転機のことを。
 今の会社に入って8年、女子社員の中ではベテランの域に達してきたといえるあたしに、先輩であり恋人でもある小林弘政がある日告げた言葉、それはうちの会社が立ち上げ、彼が責任者となる別会社への誘いと、あたしへのプロポーズだった。
 だけど、あたらしい世界へ飛び出す勇気と愛する人の『妻』という立場になることの戸惑い、そんなものがあたしの決意を鈍らせていた。
 
 「ねえ理佳、彼から海外赴任の話を聞いた時、どう思った?即決断できた?」
あたしの問いに、そんなのすぐに決められるわけないじゃない・と理佳はあっさりと答えた。
「そりゃ迷うに決まってんじゃない!だってプロポーズされた上にいきなり海外生活だよ?かなり悩んだよ。
自分の仕事もそうだけど、うちの家族のこともあるし。・・・でも考えても考えてもたどり着くのは『彼と一緒にいたい』それだけだった。どっちを選んでもひょっとしたら後悔するかも知れない。でもどうせ後悔するなら彼と別れたことよりも、彼と一緒に歩んで失敗した時に後悔すればいい。そう思ったの。周りにもいろいろ言われたよ。でも自分がこういう信念、って言うか考えを持ってるってきちんと話したら皆納得してくれたから」
 そんな理佳に、あたしは自分の中で引っかかってる思いを話した。仕事のこと、恋人のこと、いずれは故郷に帰って来いと言う親との葛藤などを。
 結局肝心なことは言えずじまいだったけど、理佳が話を聞いてくれて、的確な言葉をくれたことで、答えは見つかったような気がする。それだけで、今回帰郷した意味はあったと思える。

 「もう、ふたりともどこに行ってたのー?もうお別れ会始まっちゃうよ!」
 階段をおりていくと栄美と真里が待っていた。
「いやー、部屋にさ、お別れしてきたのよ」
そんな言い訳をしつつ、お別れ会の会場である食堂室へ向かう。
 食堂には元生徒・顧問など関係者が50人ほどいて、同期など知り合いどうし固まったグループがいくつもそれぞれの話で盛り上がっていた。あたしたちも、当時の顧問や先輩・後輩たちとあの頃の話で盛り上がる。
 やがて日が傾き、盆明けには取り壊すことになっている寮はすでに照明施設がなく、嫌でも寮と皆との別れが近づいていることを教えている。手元が明るいうちに、と周りのものを片付けてしゃべりつづけていたが、ついに日が沈み、あたしたちは後ろ髪曳かれる思いで外に出た。名残惜しそうに寮の姿を見つめつつも、誰かが解散の音頭を取ろうとしたそのとき!

   「♪菜の花の咲き続きたり  高原のかすむ果てまで♪」

 その歌声に誰もが一瞬息を飲み、そして次の瞬間、そこにいた皆の声が後に続いた。

    ♪菜の花の咲き続きたり 高原のかすむ果てまで
   おとめわれ美しきもの   咲かせんと望み大きく
   咲かせんと肩組み集う  おとめわれ叶野女子高 

   高倉に三日月出たり   金色の角笛に似て
   おとめわれ輝けるもの  磨かんと智恵の実拾う
   磨かんと実技を学ぶ   おとめわれ叶野女子高

   銀翼の高く飛ぶあり   大空のきわみの果てに
   おとめわれいや高きもの 求めんと努力惜しまず
   求めんと追求やまず   おとめわれ叶野女子高♪

 
 合唱部に入って一番最初に習う歌。何かにつけて歌い、3年間で一番多く歌う歌。そしてここに集う世代の違うOGたちが全員歌える歌、それが母校・叶野女子高校歌。
 暮れていく晩夏の空へ、そこにいたみんなの歌声が溶け合って消えていく。
 もうすぐ消えてしまう思い出の場所へ向けての歌。別れを惜しんで何度も何度も繰り返されるメロディーを、きっと忘れないだろうと思った・・・。
 
 別れ際、理佳はバッグからあのアルバムを取り出して、あたしに手渡すと。
「これ、樹乃が預かってて。あたしが向こうに持っていってなくすといけないからさ。その代わり皆が集まる時は必ず持ってくるのよ!」
「そりゃ責任重大ですなあ」
押し付けられた格好になったあたしは、思わず苦笑い。
「そうよー。どこにいたって、皆が集まる時はあんたはこれもって駆けつけないといけないんだからね!」
 それはまぎれもない再会の約束だった。日本とアメリカに離れてしまうけど、必ず又会おう。理佳は口に出しては言わなかったけど、その思いは伝わってきた。
 
 こうして、私たちは思い出の場所に別れを告げ、また現実の生活へ戻っていく。
 私は胸に一つの決意を抱えながら、故郷を後にした。
 戻ったら、真っ先に例の件で小林さんに返事をしよう、と。


 一年後。
「ここかぁ。樹乃の思い出の場所って」
車を降りながら小林さんが感慨深げにつぶやく。
「うん。昨年の今日、ここでお別れ会をしたんだ」

 あのお別れ会の日からちょうど一年経った今日、結婚の報告を兼ねて帰郷した私は彼と二人、寮の跡地に立っている。
 あの日から今日までの1年、時間はめまぐるしくすぎていった。
 あたしは帰宅したその足で小林さんに会いに行き、OKの返事をした。
 今は立ち上がったばかりの新オフィスで彼の秘書兼後輩たちの指導係として毎日忙しく働いている。
 栄美はもうすぐ二人目が生まれるらしい。
 真里は看護婦の国家試験を控え、勉強と実習の日々に追われていると言っていた。
 お別れ会の二ヶ月後にアメリカへ旅立った理佳。幸いあのテロ事件の影響もなく無事向こうで結婚式を挙げた。
 そういうわけで今回、地元で行う結婚披露パーティーには3人は出席できないけれど、報告のメールを送ったら、祝いの言葉と質問メール攻めにあった。
 
 あの日、寮の最後に立ち会えて、そしてみんなと会えて、あの時迷っていたことの答えが見つかって、そして今の私がいる。もしあの時帰郷しなかったら、私はどうしていただろうか。と時々思う。
 一年前、みんなで校歌をうたいながら高校時代の思い出の場所に別れを告げた。
 あの古びたコンクリートの建物は撤去されて見る影もなく、目の前に広がるのは草が茂る空き地ばかり。
 でもいいのだ、こうして目をつぶれば今でも鮮やかに寮の風景が、学生時代のみんなの笑顔が浮かんでくるから。

 あの日、あたりはすっかり闇に包まれたというのに、いつまでも止むことのないみんなの歌声を聴いていたら、 
「本当に、なくなってしまうんだよね・・・」
と思わずつぶやかずにいられなかった。
「建物はなくなってしまうけど、あたしたちの思い出が残っているわ。写真だってある。皆がこの寮のことを忘れない限り、寮の存在が消えてしまうことはないのよ」
そう隣でつぶやいたのは理佳だったのか、それとも栄美か真里だったのか・・・いずれにせよ、みんなも同じようにこの寮への強い思いを抱えているんだ、と感じずにはいられなかった。

 理佳から預かったアルバムの最終ページは、取り壊し寸前の寮と、28歳のあたしたちの笑顔の写真で飾られている。次にこのページに新しい写真を貼れる日が、次に皆が揃って会えるのはいつになるのか、それはまだわからないけれど。
 次にあったときにもまた、私たちは寮や合唱部のことで盛り上がるのだろう。
 それぞれ生きている環境、置かれた立場は違っても。
 私たちが共有した3年の日々、それだけは揺らぐことのない大切な、幸せな日々だったのだから。



 きっと、どんなに時がたっても、忘れることはないだろう。
 私たちが一緒に過ごした16歳から18歳の日々と、寮のことと、
 あの日、消えていく思い出の場所へ向けて奏でた、夏の終わりのハーモニーを・・・。

『夏の終わりのハーモニー』  【終】 

From Yuzuki
 諸事情により地元の高校には絶対通いたくなかった私。
 地区唯一の女子高に入学したものの、ど田舎出身の私は家から学校に通うことが困難だったので、寮に入っていました。
 寮とはいえひとり部屋で自炊で、一つ屋根の下に暮らす住人が同じ学校の生徒というだけで実質一人暮らしをしていたようなものなのですが。
 これがまたぼろい寮で、共同トイレは汲み取り式だし、台所の流し台はコンクリート作りで、梅雨時期には排水溝から上がってきたナメクジちゃんがうようよしていたし、
防犯対策のため、毎晩古い重い木製の雨戸を閉めないといけなかったり、当時は携帯電話なんてなかったから、10円玉を貯めておいて寮のピンクの公衆電話から電話したり、テレビは持ち込み禁止だから、必然的にラジオを聴くようになったり。
 未だにその寮は取り壊されることなく改築もされず残っておりますが、今の後輩ちゃんたちもあそこで生活してるんだろうか…
 合唱部に入り、まさに『部活に行く為に』学校に通っていた私。
 中学時代は学年TOP3だったのに、もともと勉強嫌いなので、成績は常に下から数えた方が早かったけど、それでも楽しかったなあ。
 そんな、愛しき日々に思いを馳せてこの物語をかきました。
 ちなみに、登場人物4人の名前は、私と、特に仲の良かった友人3人の名前をアレンジしてつけたものです。

ユヅキ⇒主人公・川村樹乃
友人@南○理絵嬢⇒南野理佳
友人A広○栄子嬢⇒広沢栄美
友人B末○真紀嬢⇒末永真里・・・という具合に。

 さらに、この物語の背景画像は、私たちが高校3年の九州大会時のアルトパートの集合写真を加工したもの。この中に、若き日のユヅキもおります。


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