「…よっしゃ、これで全員卒業!よかったぁ〜」
やっとこさ肩の荷が下りた、といった感じの本並先生の言葉にみんな大笑い。
その後ひとしきりみんなで騒いだ後、ついに…。
「…じゃあ、これで城山高生としては最後だけど、またいつか会おうな。そんときは一緒に酒でも飲もうや。
…んじゃあ藤崎、せっかくだからお前が締めてくれ」
本並先生の言葉で、藤崎が席を立つ。みんなはみんなで藤崎がなにをやるのかわくわくした顔で見ている。
この感覚、久しぶりだ…。
思えばこの3年間、うちの学年は藤崎を中心に盛り上がってきた。
おそらく、うちの学年どころか、この学校で藤崎を知らない人なんて誰もいないんじゃないだろうか。それくらい、藤崎は知名度も注目度もナンバー1だった。お祭り男の異名をとり、イベントの時にはいつでも彼が中心にいた。
「んじゃ、みんなこっちきて」
藤崎がみんなを廊下の方に手招きする。
教室の外には、先輩に花束を渡すために待っている各部の下級生や、まだHRの終わってない組の友達を待つよそのクラスの子たちがいたが、いきなり40人がぞろぞろと出てきたから、なにが始まるんだろうと遠巻きに見ている。
そんな中藤崎が、体育会系の、特に身体の大きい男子を何人か集めてなにやら打ち合わせをしている。
「おい藤崎、なにをやるつもりだ?」
そういいながら本並先生がその輪の中に近づいていったとき、長身の先生はさっきの男の子たちに担ぎ上げられた。それでなにをやるか悟った他の男子が駆け寄り、先生を担いでる子を巻き込んで大きな円を作り、腕を伸ばして先生の体を支え、それと同時に藤崎の大きな声が響きわたった。
「俺たちの頼るべき兄貴、本並佑哉氏に感謝を込めてっ、せーのっ!!」
その瞬間、B組全員の手で本並先生を胴上げ、先生の身体は高々と宙に舞った。拍手と歓声の中、今度は副担任の中山先生が同じように胴上げされ、興奮の渦で廊下は騒然となる。
「それではっ、素晴らしき3−Bのみんなに感謝と、これからの健闘を祈りまして、三本締め行きます!よぉーっ!!」
ぱぱぱん ぱぱぱん ぱぱぱんぱんっ!!
一糸乱れぬみんなの手拍子が廊下に響いた。
三本締め、最後の手拍子が終わっても、あたしたちは拍手をやめなかった。離れたくなくて、終わりにしたくなくて、いつまでも、いつまでも…
本当にこのクラスでよかった…藤崎がいてくれて、本当によかった…!
ようやく解散となったB組。
でも、あたしにはもうひとつ、最後にやることがある…あたしはポケットの中のお守りをぐっと握りしめた。クラスメイトたちに囲まれていた藤崎が独りになるのを待って、彼にそっと近づいていく。
「藤崎…ちょっといい?」
あたしに気づいた藤崎はああ、と短くつぶやいて。
「ちょうどよかった、俺も谷村に話があったんだ」
ちょっとついてきて、と言う仕草を見せる。と、そのとき。
「3年B組藤崎千尋!至急校長室まで!!」教頭か誰かの放送が入り、思わず苦笑い。
「悪い、谷村。ちょっと行って来るわ。よかったら…待っててくれる?」
もちろんよ、とうなずくと。
「じゃ、教室じゃなんだから・・・ここで待ってて。」
そういって鍵を投げる。下がっていた札には「資料室」の文字。…資料室…ってどこだ???3年間通った学校とはいえ、入ったことのない教室だってある。この資料室もそう。
「麻衣、まだ帰らないの?」
帰ったと思っていた瞳子さんに声をかけられ、思わずびくっとする。
「…瞳子さんこそ」
「あたしは今まで校長につかまってたの。呼び出しくらったと思ったらくっだらない話をだらだらするもんだから、すっかり眠くなっちゃったわよ」
肩をすくめて苦笑いの瞳子さん…生徒総代は最後まで大変らしい…あたしには縁のない世界だけど。
「藤崎と話をした?」
そう問いかけた瞳子さんに首をふる。
「ああ、今藤崎走ってったもんねえ…で、藤崎に言うつもりなの?」
「…うん。その話しようと思ったら藤崎が呼び出しくらっちゃって…」
「そっか…」
そう言ったっきり余計なことは何も聞かない瞳子さんに感謝しつつ、ついでに資料室の場所まで教えてもらう。
「あ、そうそう。みんなで卒業おめでとう会するからさ、7時に麻衣んちのお店の駐車場で待ってて。迎えに行くから」
「…え?帰ってすぐ集合じゃないの?」
思わず聞いたあたしに瞳子さん、にやりとわらう。
「みんな卒業で離れ離れになる前に決着つけておきたいことがあるんじゃないの〜?麻衣だってそうでしょ?
…梢も多分、今頃は富田と会ってる。絵里は軽音の追い出しコンパだって。美和子はさっき桑原が迎えにきてたし。
夜まで暇なのはあたしぐらいよ」
「瞳子さんは『決着』つけなくていいの?」
「今さらねえ…歩いて10分のところにすんでるんだし、『義妹』に改めて告られたって迷惑なだけでしょ?麻衣には前にも言ったように、彼を好きであきらめるために留学するんだからさ。
…まあ、あたしのことはどうでもいいから、早くいきな。その鍵なければ藤崎はずっと廊下で待ちぼうけだよ」
「うん!ありがとう瞳子さん!…じゃあ、また夜にね」
「…いい報告、期待してるよ」
瞳子さんの言葉を背に受けながら、待ち合わせの資料室に向かう。
藤崎はまだ来ていない。鍵を開け、中に入る。
初めて入ったその部屋は資料室の名のとおり、書棚が所狭しと並べられ、いろんな色やタイトルのファイルがぎっしりと詰まっていた。
部屋の奥のほうには机があり、そこにおいてあったのは、文化祭のファッションショーの企画書やアルバムだった。他にも『C・FUJISAKI』と表紙に書かれたノートなど見覚えのあるものが所狭しと置かれていて、ここで藤崎がいろんな企画を練ったり行事の実行委員の仕事をしてたんだな、というのが見て取れた。
「…お、悪い。またせたな」
いつのまにか藤崎がきていて、声をかけられたあたしは思わずびくっとする。
「教室だと話せるもんも話せないからさ。…ここの場所わかんなかっただろ?校舎の端っこだから」
うなずいて、瞳子さんに教えてもらったと返事すると。
「めったに人が寄り付かないのをいいことに、俺とか牧島はここでいろんな雑用してたんだ。まあ書斎みたいなもんかな」
そういいながら藤崎が机に近づいてきて、私物とおぼしき物を次々と紙袋に入れていく。
「…別にさ、こんなの本並先生か後輩の奴らに頼めばきっと処分してくれるんだ」
そうやって手を動かしながらも独り言みたいにつぶやく藤崎。
「でも、どうしても、ひとつだけここに来ないといけない大きな『忘れ物』があったんだ」
「…忘れ物?」
あたしが問い返したとき、全てのものを詰め込んだ紙袋を床におき、改めてあたしのほうを向く藤崎。
「うん、神戸で救出活動の手伝いをしたり、おじさんの家の片づけをしたりしながらずっと頭から離れなかった」
「そんなに大切なものなの?」
「…ああ。あきらめようと思えばあきらめられたかもしれない。どうしようか迷っていたときに本並先生と連絡がついて、旅費は送ってやるから、卒業式だけでも帰って来いっていってくれた。
俺の『忘れ物』のこともちゃんとわかっててさ。このままで卒業するつもりか?ここに置き去りにして後悔したって俺は知らないぞって。
…やっぱりあのひとって俺たちの信頼できる兄貴だよなあ…先生が言ってくれなきゃ、俺はあきらめるつもりだったんだ。」
藤崎はかすかに苦笑いする。
「で、その忘れ物は見つかったの?」
「ああ。あるよ、この部屋に。俺の目の前にある。…いや、目の前にいる、かな?」
目の前にいる…あたしのこと?思いがけない藤崎の言葉に、あたしは声が出ない。
「俺の『忘れ物』は…谷村、なんだ」
頭の中が真っ白、というのは今のあたしの状態を言うのだろう。
何も考えられない、何も言葉が出てこない。ただ呆然と藤崎を見るしかなくて。
「家をでてから、何かにつけて思い出すのは谷村のことだった。こんなことになるならちゃんと言っとけばよかったって思って。
…というか、向こうに行ってちゃんと気づいたんだ、谷村が好きだ、って」
・・・うそでしょ・・・
まさか藤崎から先にその言葉を聞けるとは思わなかった。
「・・・でも、」
え?でも??
「俺は夢を捨てられない。このまま神戸に帰る。谷村にとっても迷惑だと思ったけど、どうしても言いたかったんだ。
ごめん、今の言葉、忘れてくれ」
・・・忘れてくれ、だと??せっかく気持ちはつながってるのに??
自分だけ言っちゃってすっきりできればそれでいいわけ??
あたしの気持ちはお構いなし??・・・なんか、とてつもなくむかついてきた・・・
「・・・ムカつく・・・」
「・・・だよな、悪かったよ引きとめて。・・・ごめんな」
「そうじゃなくて!!」
あたしはかばんの中から「あれ」を取り出し、わざと音を立てるように藤崎の手のひらにたたきつける。
「え?これって??」
「誰かさんが急に学校こなくなっちゃったから、すっかり時期はずれになっちゃったじゃないよ!責任もって、食べてよね!!」
そう、それは半月遅れのバレンタインデーのチョコレート。
本当なら当日に渡したかったのに、藤崎の不在ですっかりタイミングのずれてしまったチョコレート。
「何よ、自分の言いたいことばっかり言っちゃってさ。あたしの気持ちはどうなるんだっての!!」
「谷村の気持ち…って…」
こんなにおろおろ、というか戸惑った顔をした藤崎、はじめてみた。
いつでもみんなの前を走ってて、その顔は常に自信にあふれてる男前の秀才。でも今の藤崎は、まるで迷子になった子供のような、どうしたらいいかわからないって顔。
「…先に言われちゃったじゃん。まさか藤崎があたしを好きだって言ってくれるって思わなかった。本当はバレンタインデーのときに言うはずだったのに…藤崎が好きだって」
まさかこんなにすらすらと言葉が出てくるなんて思わなかった。
藤崎を待っている間、なんていおうかずっとずっと考えていて、でもなかなかいい言葉が思いつかなかったというのに。
藤崎の顔が一瞬きょとん、として。
次の瞬間今まで見たことのないような満面の笑みに変わった。
「…やっ、たああああ!!!」
藤崎はもう飛び跳ねんばかりの勢いであたしに近づいて、あっという間にあたしを抱きしめて。
「やっベー…俺、なんかすげえうれしいんだけど」
そんなことを言いながらまわす腕に力をこめる。
「いたいよもう、藤崎の馬鹿力っ」
あたしはあたしで憎まれ口たたきながら、藤崎の子供のような笑顔につられて、けらけら声をあげて笑って、好きな人の腕の中にいる幸せを噛み締めていたのだった…。
「え???藤崎に告られた???」
夜、みんなと約束していた卒業記念パーティーの席上で。
瞳子さんには御礼を言おうと思い、みんながカラオケやおしゃべりに夢中になってるのを見計らって、こっそり瞳子さんの隣に行き、報告すると、あの冷静な瞳子さんが予想外の大声をあげてしまい、その声にほかのみんなが振り向いた。
「と、瞳子さん、声大きいよ…」
と慌てて口止めしたがもう遅かった。
「うそ、藤崎に告られたって??」
「やっぱり藤崎が麻衣に気があるかもって本当だったんだ!!」
「で、麻衣はなんて返事したの??」
おしゃべりもカラオケも食事もすべてそこで中断され、梢・絵里・美和子・そして瞳子さんが興味津々な顔であたしに詰め寄る。
「麻衣、ちゃんと自分の気持ちは言えたの?」
改めて瞳子さんが聞き返す。
「…うん、ちゃんと言った。OKの返事した。あたしが告白するつもりだったのに、先に藤崎に言われちゃったけど…」
「やったじゃん!!」
「よかったね、麻衣と藤崎ってお似合いだもん!!」
「藤崎いなくなったからどうなるかと思ったけど!藤崎を落とすなんて、麻衣すごいじゃん!!」
みんな口々に祝福の言葉を投げかけてくれて、 改めてあたしはこんな素敵な友達を持てたことに誇りと幸せを感じていたのだった。
「…あ、でもさ。藤崎が神戸に行っちゃえば遠距離恋愛だよね。どーするの?」
絵里だったか梢だったかが言った言葉に、あたしは思わず答えに詰まる。
…そう、なんだよねえ…。
それから藤崎が神戸に戻るまでの一週間、何か理由をつけては二人で会い、デートを繰り返した。
そして、あたしたちのこれからのことについてもきちんと話をした。
多分今までのあたしなら、離れてしまうことに不安を感じて、泣いたり拗ねたりして相手を困らせていたかもしれない。でも、なぜか今回のあたしは冷静だった。
藤崎が神戸に行くのはあたしが彼の夢を聞いたときからずっと揺るがなかったこと。地震で神戸があんな状態になって、結局4月の美容学校への入学が延期になりそうなのに、それでもあの街でがんばることを決めた藤崎をとめられないことも知っているし。
それよりも何よりも、住む場所は違ってもあたしたちは同じ夢を追いかけていくから。それが、あたしに勇気をくれているのかもしれない。
いよいよ明日は藤崎が神戸に戻る、最後の夜。
最後に二人で食事して、おしゃべりして、わざわざ遠回りしてあたしの家の近くまで藤崎が送ってくれて。
「なあ谷村、うちの学校の卒業のときの『伝説』って知ってるか?」
突然藤崎がこんなことを言い出し、一瞬何のことかわからなかったが、すぐにぴんときた。
「わかった!…ちょっと藤崎ここで待っててくれる?」
藤崎をその場に待たせ、あたしはいったん家に戻る。自分の部屋に駆け込んで、「あれ」を取り出し、すぐに藤崎のもとへ。
「おまたせ。藤崎、これのことでしょ?」
あたしは手の中に握り締めていた「あれ」を藤崎に渡す。
「そう、これ。…さすがに女子は知ってるな」
藤崎はやわらかく微笑んで、服のポケットからあるものを取り出し、あたしの手に握らせる。
「せっかく俺たちはあの学校で出会えたんだから、『お約束』は守らなきゃな」
城山高校には、いつから始まったことなのかわからないが、卒業の際のある「お約束」が存在する。
制服がブレザーのうちの学校は、卒業式のカップル成立の定番「第二ボタン交換」ができない。その代わりに、男子がタイピンを、女子がスカーフ止めのリングを交換する、そういう伝説。
「ありがとう、大事にする。…今度はいつ会えるかわかんないけど、がんばろうな。いつか、二人とも超一流の美容師になれるように。これ、お守りにするよ。」
次はいつ会えるかわからない、約束のない別れのはずなのに、なぜか涙は出なかった。今は幸せのほうが勝っていたからかもしれない。恋愛感情だけじゃなく、目指す夢まで同じものを追いかけて、心がつながっていることを確信しているから。
「俺、谷村にあえて本当によかった。みんなに猛反対されて、本当にやりたいことをあきらめずにすんだのは、あの学校で谷村に会えたからだと思う。これからも俺の支えになってくれよな。」
別れ際に藤崎がくれた、あたしにとっては最上級の言葉を胸に、あたしはがんばっていけると思った。
たとえいつか恋が破れても、藤崎が気づかせてくれた夢や目標はきっと消えないと思うから。