「久々にあえてうれしかった。今度は仕事じゃなくて、どっか遊びに行こうぜ!」
仕事を終えて家に帰る途中、亨からメールが届いた。
今日、先輩の代役として行った会社で、偶然亨と再会した。
高校を卒業するまでは、ほとんど毎日・朝から晩まで一緒だったのに、卒業式後・同じ日に上京してから今日まで、一度も亨とは会えずじまいだった。
大学に入って最初の2年間は海外にいたから仕方ないにしても、帰国した後も仲のよかった同級生の中で、亨とだけ連絡が取れなかった。
変な話だけど、あたしの中での彼の記憶は高校生で止まっていたから、取引先との会議の席であそこにいた中では一番の若手なのか、同僚の指示を受けつつ雑用を黙々とこなす彼を見ても、最初は全然わからなかった。
会議終了後に話しかけられてもすぐにはわからず、相手が亨だとわかった途端、うれしさ懐かしさと、彼に気づくことができなかった失礼をごまかすかのように必要以上にはしゃいでいる自分がいた。
誰にでも平等に、時間は流れている。
あたしにも、亨にも、周りの人たちにも。
それは確実に人の姿かたちはもちろん、気持ちまで変えてくれるはずだ。
でも、どうしても自分の心の中で変えられない部分があって。
義兄に抱かれたあの日からもう一ヶ月以上はたっているのに、そして、抱かれるまでは一度あの腕の中にいられればそれでいいと思っていたのに、実際そういうことになってしまってからは、次を、そしてそのまた次を期待して、ますます彼への思いを強くする自分のあきらめの悪さに苦笑する。
日に日に心地よい冷たさをはらむようになって来た風が、もうすぐ夏が終わろうとしているのを無言で告げていた。
「ねえ瞳子ちゃん、今度3人でそっち行くんだけどさ、もし予定が合うなら亨も含めてみんなで会わない??」
田舎に残った幼馴染み・美和子から電話が来たのは10月半ばのことだった。
「なに突然、どうしたの??」
美和子の話によると、商店街の福引で、美和子のだんなの桑原氏が東京行きのチケットを当てたらしい。
一人娘の真音ちゃんがまだ小さいから、混雑する夏休み期間中を避けて、この時期に家族旅行を計画したそうで。
「わかった、それじゃあ亨に連絡するよ。二人で東京案内するから、どこか行きたいところあったら教えて?」
姉の命日のときに会ったばかりだというのに、美和子に会えるのはなんだかうれしい。
亨もそうだけど、実家が今の場所に移ってから、美和子はいつもあたしのそばにいてくれた。
常ににこにこと笑みを浮かべながら、みんなの後をちょこちょことついてくるかわいらしさで、みんなの妹というかマスコット的存在で、誰からも愛されていた女の子。
だけど、芯はものすごくしっかりしていて、時々美和子が何気なく言った言葉に、気持ちを救われたり、なるほどそういう考え方もあるのかと「目からうろこ」な思いをしたのも一度や二度じゃない。
同級生の中で一番最初に結婚して母になって、だんなは一途にまじめに変わらずに美和子を思って大切にしてくれるいいやつで。
そんな彼女を見ていると、なんだか穏やかな気持ちになれるのだ。
「あ、そうそう本並先生がね」
会話の中に突然入り込んできた義兄の名前に、思わずドキッとする。
「なに、お義兄さんがどうかしたの?」
平静を装って聞くけれど、心拍数が上がっていくのが自分でもわかった。
「あたしが東京に行くって話をしたらね、いいなぁー俺も行きたいなー、でも年内に研修で上京するから費用がなあー、なんて言ってたよ。
そのときに瞳子とか永井にあって飯か呑み代おごってもらおうかなーって」
「教え子に飲み代たかる教師がどこにいるってのよ、ほんとにあの人飲みすぎよねー」
・・・なんて美和子との会話ではそんな軽口たたきながら、あたしの心の中は、義兄が近々上京するかもしれない、ひょっとしたら会えるかもしれない。そんな新たな期待に支配されつつあった。
その後、美和子の上京日も決まり、無事に宿や行き先も手配できて、その日は美和子の家族3人とあたしと亨の5人で行動することになった。
ただ、そういううれしい予定が控えているというのに、どうも最近体調が優れなかった。
今までも過労やストレスで具合が悪くなるということがあったのだが、よりによってこんな楽しいイベント前に体調崩すことないじゃない、と思わず自分の身体を呪いたくなった。
結局、美和子と会う当日になっても、身体の中にはなんともいえない不快感が残っていた。
でも、出歩けないほどじゃなかったし、美和子に会えないのも、美和子に心配かけるのも嫌だったから、それはあえて口に出さないことにして、予定通りに亨と二人で待ち合わせの場所に向かうことにした。
美和子たちに会って、体調の悪さも吹き飛ばせるくらいの元気をもらいたかったから。
亨が迎えに来るのをマンションの外で待っていたら、メールが届いた。
送信者名は、本並佑哉。
最後にあって以来、一度も届いたことのない義兄からのメール。
そこには、美和子から聞いていたとおり、彼が仕事で上京することと、滞在期間中に会わないか?という短い文面があった。
半信半疑だったが、いざ彼と会うことが現実のものとなった途端、どうしようもなくうれしさと、会ったらどうすればいいのか、そういう戸惑いみたいな気持ちが心の中を交叉する。
今度会えたときは、どんな顔して彼の前に立てばいいのだろう。
そんなことを考えていたら、亨の車が道の向こうに見えてきた。
とにかく今日は、美和子たちに会って、義兄のことはまた後で考えよう。そう自分に言い聞かせて気持ちを切り替えようとするけれど、そうすればするほど考えが義兄のことで占められてしまってどうしようもなくなってしまった。