「今から志望校のランクを上げるだと?何考えとんじゃ・海藤!」
担任のあきれ顔。無理もない。もう志望校を決めてそれに向かって準備しないといけない中3の秋、ランクを下げる奴はいても、上げる奴なんてそういるもんじゃない。
「・・・で?どこにするんだ?藤生女子か?紅稜か?」
「それが・・・城山なんですが・・・」
恐る恐る言ったあたしに、予想通り担任は頭を抱えた。
「城山だと?何考えてるんだ?わかってんのか?城山って言ったらうちのクラスだと牧島ぐらいだぞ、余裕で合格できるのは。おまえの成績じゃとうてい無理!」
そりゃそうだろう。瞳子さんといえばうちのクラスはおろか学年全体で3本の指に入る人なんだから。あとは美和子のようにクラスでも上位5人ぐらいしか行くことのできない進学校だから。
「本当にうちのクラスは恐いもん知らずと言うか、身の程知らずばかりだよなぁ・・・。永井が城山志願ってだけでも頭が痛いのに、おまえもそんなこと言い出すなんざ。・・・でも言い出した以上は合格するようにがんばるってことだよな?それなら期末の学年成績を20番は上げるようにしろ。できないならあきらめろ。それからでも進路変更は十分間に合うから」
あたしはそれまで自分の成績なら、自分の家から一番近い明生高校に行こうと思っていた。だけど、それをあえて城山に変えたのは、桑原さんがいるから。
「CINQ」に入ったあの日、あたしは桑原さんと話をしている中で彼が城山高校の生徒であることを知った。そして、彼はぽつりと一緒の学校ならいいのにな、と言った。あたしもその話を聞きながら、城山で軽音部に入って学校でも一緒にバンドができれば・・・と思った。
そんなあたしの決意に、瞳子さんと美和子が何も聞かずに協力してくれて、放課後・時間の許す限り、二人はあたしの猛勉強につきあってくれた。
二人のおかげで、あたしは城山の学生になれた。もちろん、瞳子さんも美和子も一緒に。
「絵里!」
「あ、桑原先輩だー。いつ見てもいいおとこー」
昼休みの2−Aの教室、不意に現れた来客にめざとい麻衣がつぶやく。クラスの女子の「いーなー」と「このやろー」光線を受けまくりつつあたしはそっと教室を出る。
「なに?」
さりげないふりをして聞くけれど、実は心臓がばくばく言ってる。
無事に彼と同じ高校に入学して一年がたった。
初めはただの仲間としか意識しなかったのに、いつのまにか気持ちが恋へと向かっていって、「桑原さん」から「浩司」と呼び方が変わった頃、彼はあたしの「恋人」になった。出会った頃はなんとも思わなかったのに、今は浩司の言葉や表情、しぐさに魅かれる。
「今日、夕方空いてるか?嶋田さんが緊急ミーティングするからって」
「あたしはだいじょうぶだけど・・・麻里と連絡とってみるね。」
あたしは麻里のポケベルb押す。
麻里は、城山じゃなくて藤生女子高に通っている。あたしと浩司は同じ学校だからいいけど、こういう緊急の場合はすれ違いになることが多いから、麻里とふたりで話しあい、親に内緒でポケベルを買った。
二人ともバンドをやっていること、二人とも彼氏がいること・・・どんどん親への秘密が増えていく。
「嶋田さん・・・それマジ?」
リーダーの言葉に真っ先に反応するのはやっぱり浩司。
「こんなときに真顔で冗談言う奴がいるかよ」
いつも明るいムードメーカーであるリーダーの顔がいつになく真剣で、あたしたちは彼が本気で言ってるんだと感じて、何も言えなかった。
「本番は8月だから高校生組も浅倉も大丈夫だろ?」
リーダーの話と言うのは、今のメンバーになってもう2年以上たったから、そろそろオーディションに挑戦してみないかというものだった。
学生のあたし・麻里・浩司と自分の家(楽器屋)勤務のリーダーはいいけど、今年から藤女の音楽の先生になった浅倉さんのスケジュールだけが心配だ、とも言った。
その話に反対する奴などいるわけなくて、こうして本番へ向かっての猛練習が始まった。
「いやぁー、リーダーも人が悪いよなぁ。こんな大事なこと今まで黙ってるなんて」
その日の帰り道。麻里は彼氏でもある浅倉さんと一緒にどこかへ行き、あたしと浩司は駅へ向かって歩いている。
「・・・しょうがないよ。あたし達は別にいいけど、浩司も試験・試験でそれどころじゃないし、何より浅倉さんが都合つかないもんね。なんてったって天下の地方公務員なんだから。」
「・・・確かにな。俺もどうかなりそうだよ、3年になったらこの試験漬けの日々。進学するためとはいえ、きついぜ。だからって手ぇ抜いたら親も黙ってねーだろーし。バンドもやめろって言われかねないしな。いくらうちの親が放任だからって」
「・・・ちゃんと考えて、がんばってんだね。いかに親にばれないようにするかって、それだけしか考えてないような気がする、あたしも麻里も。」
たった一つしか違わないのに、自分のことをちゃんと考えてる浩司。
口だけじゃなくて実際に頑張って、成績だって(この辺じゃ名の知れた進学校の)城山高の中でもトップクラスだし。
「おまえ、今はいいけど、ばれたときはもっと大変だぞ。麻里ちゃんもいるんだから、理解してもらえるようにやんないと。男だったら理解してもらえなくても勘当されてもそこそこやっていけるけど、女の子だとつらいぜ、きっと。」
「・・・ところで浩司、進路どうするの?・・・まあ浩司ならどこの大学でも大丈夫って気がするけど・・・」
「うん、大学はどこか決まってないんだけど、いちお国・公立狙い。来年は尚登も受験だから親に余計な負担させたくないしな。学校終わったらリーダーの所でバイトさせてもらう事になってるんだ。楽器代も欲しいし、レッスンもさせてもらえるし。一石二鳥だろ?」
「んじゃあ、秋からはもっと大変だね。国・公立志望組って補習があるんでしょ?」
「・・・・うん。みんなにゃー悪いけどちょっと練習量減らしてくれってリーダーに頼んだ。昨年の浅倉さんの教員試験の時みたいになるんじゃないかな。だから俺は今度のオーディションにかけてるんだ。リーダーが言うにはここでがんばらないと次のチャンスはそうそうないだろうからって。
来年はおまえが受験だし、その次は麻里ちゃんだろ?バンドのせいでこけたなんて言わせたくないからって。自分や浅倉さんはちゃんとやりたい職に就いてるからいいけど、学生組には後悔しないようにやってほしいってさ。」
練習中には厳しくて、年少組のあたしや麻里にも容赦ない嶋田さんや浅倉さんだけど、さすがに大人、あたしたちを思ってくれる気持ちがうれしかった。
「・・・がんばろうねっ。どんな結果でもさ。後悔したくないよね」
「そりゃー俺のセリフだよ。・・・ったく。これが終わったら残ってるのは勉強漬けの日々だし。」
「あれー?さっきと言ってることが違うよー。何か弱気じゃない?」
「そりゃーぐちりたくもなるさー。しばらくギター断ちだぜ?学祭終わったら本格的に。俺くじけそーよ。何かおまじないでもしてくれん?絵里」
少しすねたような、甘えたような浩司。
「何がお望みです?ご主人様」
あたしがわざとふざけて答えたら。
「・・・・絵里ちゃんのちゅー。」
突拍子のない要求に、辺りは薄暗くなりかけてるのに、ばれてしまうんじゃないかって思うくらい、顔が真っ赤になってるのがわかる。
「なーに言ってんの!こんなところでなに言い出すの!ばー・・・・」
か、の言葉は浩司の唇に封じられてしまった。