星空が映る海
 『・・・新郎・直紀様の御友人を代表いたしまして、斉藤様より大変ユニークなお祝いの言葉を頂戴しました。
・・・さて、続きましては新婦・真生子(まきこ)様の御友人を代表して有嶋優海(ありしま・ゆみ)様より両家へのお祝いの言葉を頂戴したいと存じます。それでは有嶋様、よろしくお願いいたします』 
 
 ついにきた。深呼吸を一つして、あたしはスピーチ台へと向かう。
 あたしは今日、このひと時のためにおいしそうな料理もまともに食べられないくらい緊張していた。生まれて初めて『友人代表スピーチ』って言うのをやることになったから。
 高砂の席に向かって一礼すると、お色直しを終えたばかりの真生子と目が合った。純白のドレスが、幸せに包まれてる・といった感じの彼女を輝かせて、いっそう綺麗に見せてくれる。
 
「・・・直紀さん、真生子さん、ご結婚おめでとうございます。
・・・こうして壇上に上がったのはいいんですが、二人のなれそめとか、二人の人柄などは、仲人さんを初め、上司・恩師の方、そして斎藤さんが十分に話してくださったので、私は何もしゃべる必要がない気もするんですが(笑)、せっかくですから、真生子さんとのエピソードを語ってみようかと思います。
彼女は、直紀さんや、私たち・真生子を知ってる人たちならご存じでしょうが、顔はきついわ、気は強いわ、だけどいざというときにはとても頼りになる女の子です。真生子に助けられながら、私たちはここまで成長してきたと言っても過言じゃないくらい、真生子は私たちにとってかけがえのない人です・・・・」
 
 真生子がじいっとあたしのほうを見ている。そのはっきりした、時にはきついと言われかねない強い目線で。
 過去に何度、この視線の力強さに助けられたことだろう。
 どんな時も真正面を見据えるその瞳は、群青の空で決して光を失うことのない一等星のように、いつだって強い意志を秘めて輝いていた。くじけそうになったとき、泣きそうになったとき、真生子はあたしに力を与えてくれた。
 
 須和真生子と出会ったのは、高校の入学式の日だった。
 入学式後の自己紹介で、両親の離婚とお父様の単身赴任が決まり、母方の祖母の家のあるこの街に東京からたった一人で来たと言った彼女。
 地元の子たちが多く入学する女子高校で、一目見ただけでそれとわかるぐらい、彼女は人と違う雰囲気を漂わせていた。
 校則ぎりぎりまで手を加えた制服、茶色の髪(本人は自毛だ・と言い張ったけど)、イントネーションの違う言葉、そしてあの目つき。先生方には目をつけられ、あたしたち同級生も最初は彼女を恐がって誰も関わろうとしなかった。
 だけど、ふとしたことで彼女と仲良くなって、そのうちに口は悪いけど自分のことよりも人の心配をしてしまう奴だと言うことがわかってきた。
 それがきっかけで、あたしは彼女に何かあったら、自分ができる精一杯のことで彼女の力になりたい、それを心に固く誓ったのだった。
 
 そう、あれはもう6年も前のこと―。

 「有嶋さーん!あたし今日家庭教師(カテキョ)が来る日なんだー、だからごめん、掃除当番お願いできる?」
同級生の声にまたか…と思いつつも、 
「あ、いいよー。仕方ないもんね。じゃあ今度あたしの番のときは代わってくれる?」
良いわよ良いわよーじゃあまたねー、と笑顔で去っていくクラスメイトの背中を、代わってくれたことなんて一回もないくせに、と毒づきながら彼女たちを見送る。

 一人残された放課後の教室。あたしはため息をつきつつ机をずらし、ほうきを握る。
 結局、彼女らがいてもぎゃあぎゃあ騒ぐばっかりでちっとも手を動かそうとしないから、いつも自分ひとりで掃除してるようなものだし。そんなことを思いながら手を動かしてると、教室の後方のドアががらりと開いた。

「・・・あれ、また一人で掃除してんの」
ぼそり、とつぶやいて教室に入ってくる須和さん。
「須和さん、帰ったんじゃなかったの?」
「帰ろうとしたら、またあの生活指導のババアに捕まったんだよ。毎日毎日くだらないことでいちゃもんつける暇があったら、あいつらみたいに掃除もまともにしないで、家にも帰らず遊びまくってるやつを取り締まれっての」
そんなことをぶつぶつつぶやきながら近づいてくると、不意にそばにあったモップを取り上げ、あたしが箒掛けした床を拭きはじめた。
「いいよ須和さん、帰っちゃっても」
あわてるあたしの言葉に手を止めることなく、彼女は黙々とモップを掛ける・・・・・・さすがに一人でやるより早く作業も進み、程なく教室全体の掃除が終わった。

 「それにしてもさあ、有嶋さんってほんとにお人よしだよね」
掃除を終え、せめてものお礼にと購買からジュースを買ってきて、二人で飲みながら帰り支度をしているときに、須和さんが言った。
「だって…あの人たちがいたところで何の役にも立たないし、逆らうと面倒だし」
思わず彼女の前では本音を言ってしまう。
「それはそうだとしても、何もあんた一人でやることないじゃん。大体、カテキョだ塾だ何だって帰っているあいつらが、どこで何してるか知ってんの?」
あきれたようにつぶやく須和さん。首を振るあたしに
「あいつら駅のロッカーに着替えを置いてるらしくてさ、着替えてあの辺で遊び歩いてるよ。
あんたはまじめだから寄り道せずにまっすぐ家に帰るから知らないだろうけどさ。  
たまにはあんたもがつーんっていってみなよ!……なんならあたしが言ってやろうか?」
「い、いいよそこまでしなくても」
あせるあたしを横目に、彼女は一気に残ったジュースを飲み干し、空き缶を教室後方めがけて投げつける。きれいな放物線を描いたそれは見事にくずかごに収まった。
「ナイスシューット!」
いたずらっぽく笑った彼女の違う一面を見た気がして、しばらく彼女に見とれていたのだった…。

 数日後。
 「ありしまさーん!ごっめん、今日急用があってさ。…また、お願いできる?」
例のごとく擦り寄ってくるクラスメートに、
「…ごめん、今日は駄目。」
次は絶対断れよ!という須和さんのアドバイスに従ったものの、あたしはこれだけ言うのが精一杯。
「えー!? 何でよー?今日は急用だって言ってるじゃん、家庭教師が今日は早くくるの。
何で今日は駄目なのー?」
にじり寄ってくる彼女たちに何も言い返せない自分。と、そのとき。

 「悪いねー。有嶋さんはあたしと約束してんだ。いつもあんたたちさっさと帰ってんだから、今日ぐらい変わってやってよ。」
須和さんが近くに寄ってきて、あたしの腕を引っ張ってくれる。その口調は明るいけど、須和さんは彼女たちをしっかりと見据えたまま、こう言い放った。
「そうそう、あんたの家庭教師(カテキョ)って、駅前のマックや喫茶店で勉強教えてくれんの?いまどきの家庭教師は違うわねえ」
「・・・・・・!」
彼女たちは悔しそうに彼女を睨み返したものの、図星を指されて何もいえなかった。
「んじゃ、そういうことで!後はよろしく〜〜〜〜!」
満面の笑みを浮かべて、あたしの腕を引っ張って教室から連れ出してくれた。

 「あの・・・須和さん、ありがとう」
 昇降口まで降りてきたところで、あたしは彼女にお礼を言う。
 「たまにはあれぐらいいってやんないと!あいつら頭に乗るばっかりなんだもん。それにあんたは馬鹿がつくほどお人よしだし」
彼女の言葉に思わず苦笑いする。
「で、さ。たまには早く帰れたんだからどっか行かない?…ね、なんか食べに行こうよ。
あたしおなかすいたー」にこにこしながら言う彼女。いつも教室でしかめっ面してるのが嘘みたいだ。
「んじゃあ、須和さんの好きなところで良いよ。お礼させて」
あたしがそういうと、ますます目を細める彼女。
「やった今日は有嶋っちのおごり〜〜〜〜♪」
などと鼻歌歌う彼女と一緒に、目的の店に向かう道すがら、いろいろなことを話した。同じクラスになってもう何ヶ月もたつのに、こんなにしゃべったのは初めてかもしれない。
 やがて店が見えてきて、会話が終わりかけたころ、不意に彼女がこういった。
「あのさ、『須和さん』って『さん』づけやめてくんないかなあ?なんか堅苦しくて」
「じゃあなんて呼べばいいの」
「『真生子』でいいじゃん、あたしもあんたのこと、『優海』ってよぶからさ」

 そういうきっかけで仲良くなったあたしたち。
 彼女を怖がってたクラスメイトたちもちゃんと話せば面白いやつ、というのがわかったみたいで、一匹狼風だった入学当時が嘘のように、みんなの輪の中で笑っている真生子が見られるようになった。
 学校での教師受けは最高に悪かったが、結構成績の良い彼女に先生方も何もいえなくなってきて。
 
 大人には変な目で見られるんだよねぇ、とぼやく真生子を一度家に連れて行ったら、うちのお母さんは一目で気に入って、そのうち真生子のお祖母さんが入院して実質彼女の一人暮らしになると、彼女が学校終わっておばあさんのお見舞いに行って、うちに寄ってはご飯食べて帰る・そんな日々が高校を卒業するまで続いた。
 
 気がつけばいつもそばにいてくれる。真生子はあたしにとって大切な存在だった。
 だけど、真生子の中にひそんでいる悲しみや悩みを、あたしは見抜くことができなかった。それどころか、彼女のことを悩んだり迷ったりしない強い女の子なのだとさえ思っていて、まったく気づいてやれなかった、真生子がたった一人で苦しんでいたことに。
 
 2年前の夏、初めて彼女があたしの前で『弱さ』をさらけだした、まぶしいくらいに星が輝いていたあの日まで・・・。
                           
                    2
 ♪きーん こーん かーん こーん♪
 午後5時。終業のチャイムが鳴り響き、書類を片づけるあたしに、同僚がにこにこ顔で話しかける。
「有嶋ちゃん、今日飲みに行かない?今年はまだビアガーデンに行ってないからさ、涼みがてら行こうよ。仕事も一段落ついたんだし」
「そうだなぁ・・・」
あたしは急いで頭の中で財布の中身を数える。屋上で夜風を浴びながら冷たいビール・・・考えただけで顔がにやけてくる。
「よし、行こう!」
そう答えた瞬間、電話が鳴った。

 「お世話になります・真砂市役所広報課です」
今頃なんだよ・・・と舌打ちしたい気持ちを必死に押し込みながら電話に出る。
「・・・スワと申しますが、有嶋さんはいらっしゃいますか?」
・・・スワ?須和と言ったらあたしの知り合いにはたった一人しかいない。
「真生子?真生子なの?」
「よぉ・公務員。お勤めごくろーさん」
相手があたしとわかると、真生子も素の口調に戻る。
「今どこからかけてんの?今日は仕事は?」
「あんたの家!久々に休暇とって遊びにきた奴に仕事は?なんて聞かないでよねー。早く帰ってきなさいよー」
言いたいことをさっさと言うと、真生子は電話を切った。
「どしたの?電話、誰からだったの?」
不思議そうな顔で聞く同僚に、
「・・・ごめん、ビアガーデン・また今度にして!」
そんな言い訳をしながら、あたしは急いで片づけを済ませて飛び出した。

 「おかえりー」
 あたしが家に帰り着くと、台所から真生子がひょこっと顔を出した。
「ごはんもうすぐできるよー。たべるー?」
あっけらかんと言う真生子にいったいどっちの家なんだか・・・と思わず苦笑する。
「うん。着替えてくるわ」
あたしはまともに真生子の顔を見れなかった。久しぶりに真生子に会った照れくささもあったけれど、それよりも真生子の笑顔の裏に、影がさしているように見えたから。
 「あー、おいしかったぁ。おばちゃんやっぱりお料理上手だねぇ。」
満足げにお茶を飲んでいる真生子。それをにこにこしながら見てる母さん。それは高校卒業して4年ぶりに見る光景だった。
 だけどあの頃と違うのは、あたしたちは今22歳で、真生子は東京で、あたしは地元でそれぞれの時間を生きてきた。そして久々に会った真生子は、何か心の中に抱えているように見える。
 
 「おばちゃん、ちょっと優海借りていいー?ドライブ行っていい?」
母さんとのおしゃべりが途切れた瞬間、真生子が言った。
「いいわよー。あんまり遅くならないようにねー」
それを聞くやいなや、
「ほれ、早く行くよ、優海」
あたしの腕を引っ張って車に乗り込む真生子。
「あんたみたいにとろくさいのが免許とれるんだから、あたしもとろーかなぁ、免許」
真生子のいつもの毒舌に苦笑いしつつ、
「東京で乗るところあるの?電車とかバスとか便利なんだから、別にいらないんじゃないの?どこで乗るの?」
とあたしが聞くと、真生子は黙り込んだまま返事もしようとしない。
横を見ると、さっきまで家でにこにこ笑ってたのが嘘のように、曇り切った表情の真生子がいた。

 「どこ、行こうか」
あたしはそ知らぬふりで、車のキーを回す。
「・・・海、行きたいな。」
・・・そうつぶやいた真生子の声は、エンジン音にかきけされそうなくらい小さかった。
                      
                   3                                                                                                                           
 夜の海は、昼間は海水浴客でにぎわうのが嘘のように、静かに打ち寄せる波の音しか聞こえない。
 空には満天の星と月、そして水面がその光を反射して、これまた星空のように輝いて幻想的な雰囲気をかもしだしている。
 
 家を出て約三十分、真生子は一言もしゃべらなかった。
 そんな彼女にあたしも何も言えず、砂浜をふみしめるさくさくという足音がやけに大きく響くくらいの重苦しい沈黙をひきずったままただひたすら歩いていき、不意に堤防の上に腰掛けた真生子にあたしもあわてて従った。
 
 さりげなく横を見ると、出発するときはうつむき加減だった表情が、もう今は瞳にいっぱい涙がたまってちょっとつつけば泣き出しそうになっている。それは、彼女とつきあって来た中で初めて見た表情だった。
 
 「ねぇ真生子、あんたあたしに何か言いたいことあるんじゃないの?」
思い切って聞いたとき、涙がこぼれたのをあたしは見ないふりをした。声を立てずに、真生子が静かに泣いている。

 「・・・ねぇ優海、なにも言わずに聞いて。」
涙声の彼女の言葉にあたしはうなずく。
「今、優海はつきあってるひとはいる?」
あたしは首を横に振った。
「あたし、東京でつきあってた人がいたの・・・同じ会社の人でね、5歳年上で、あたしにとっては頼れる兄貴みたいな人だった・・・。だけどね、彼には奥さんがいるの。うちの会社の役員の娘。」
それって不倫じゃない・・・そう言いそうになったのをぐっとこらえる。
 「彼はいつも、妻とは別れる・おまえが一番大切だ、って口癖のように言ってた。あたしはその言葉を信じてた。ありがちな話よね。
だけど、いつまでたってもそんな気配はないし、平日に人目を避けて会って、彼に抱かれるだけって状況にだんだん耐えられなくなってきた。いつまでこんな日が続くんだろう、って思ってるうちにとうとう来るものも来なくなってしまった。」
淡々と語る真生子。だけどその裏にひそむ想いが痛いほどこっちまで伝わってきて、あたしは何も言えなかった。
 
 「どうしようって悩んで、とうとう彼に相談した。妊娠したかもしれないって。そしたら彼はものすごく複雑な顔して、『本当に俺の子か?』って言ったの。すごくショックだった。結局ストレスとかいろんな原因で生理が止まってただけで妊娠じゃなかったんだけど、それを報告したときの彼のうれしそうな・ほっとした顔、あたし絶対に忘れないって
思った。そのうち、彼の奥さんも妊娠してるって話を聞いて、別れようって思った。結局あたしは彼にとって、『都合のいいときにやらせてくれる女』でしかないってはっきりわかったから。
・・・あたし、母親がよそに男作って出ていったときあんなに軽蔑したのに、同じことやってるんじゃないか、って思ったら情けなくなって。
・・・それにね、親父が今度再婚するの。
あたしと十歳しか離れてない元秘書の女と。しかも『できちゃった結婚』だって言うから笑うわよ。」
おどけるような口調でいったものの、真生子の目からは次々と涙が伝って落ちてくる。

 「会社でもうちらの年代はリストラ候補に挙がってるって言うし、もう誰もあたしを必要としていない、家にも会社にも、あたしの居場所はないんだって思った・・・もう疲れちゃったよ・・・帰れるものなら高校時代に帰りたい、優海たちといつでも笑顔でいられた頃に帰りたいよ・・・・!」
 叫ぶようにつぶやいて、真生子はとうとう声をあげて泣き出した……小さな子供のように、今までこらえていたものをすべて吐き出すように。
 
 たまらなくなって、あたしは真生子を抱きしめる。小刻みに震える肩。あたしのシャツを濡らす真生子の涙。あたしは今まで真生子の何を見てきたんだろう、真生子はたった一人で苦しんでいたのに。そんな思いで、あたしは彼女を抱きしめた。

 「東京の人達がだれもあんたを必要としてないなら、またここに帰ってくればいい。少なくともあたしは、真生子にここにいてほしい。帰って来るなら、喜んで迎えるから。……あんたの居場所は、ここにあるから」
これがあたしに言える全てだった。一瞬、泣き止んだ彼女だったけど、その言葉を聞くや否や、前よりも激しく泣き出した。
 あたしはどうしていいかわからなくて、でもうまく言葉が見つからなくて、こんなことしか言えない自分の未熟さがもどかしかった。

 「ありがと、優海・・・・」
泣きやんだ真生子がぎこちない笑顔で言った。
「ありがとう。やっと決心ついたよ。思い切って優海に相談して良かった」
・・・そういってかすかに笑った真生子の顔からは、さっきまでまとわり着いていた憂いが消えていて、その時、改めて真生子って綺麗だなぁ・・・と感じずにはいられなかった。
 
 すっかり落ち着きを取り戻した彼女にほっとしつつ、あたしはあえて真生子の口調を真似して言ってみた。
「さすがに、泣きまくって美人が5割減になったひとを連れて帰る訳には行かないからね。どこかで直しなさいよ、その崩れた化粧」
「あんたもちょっとは言うようになったじゃないの」
「当たり前よ。これでも二十代の『大人の女』なんだから」
「どう見ても中学生が化粧したような顔だけどねぇ」
苦笑いしつつも、口調はすっかりいつもの「真生子節」だ。
「ほっといてよぅ。真生子に対抗するにはしゃべりぐらいなんとかしなきゃ。どうしたって『おミズ顔』にはなれないんだから」
「大きなお世話よ。はっきりした顔は生まれつきですぅ」                                
                                
                   4
 それから3カ月後・真生子は本当に仕事をやめて、こっちに引っ越してきた。
 なんと貯金と退職金でおばあさんの家を改修して一人暮らしを始めた彼女。
 幸い仕事もすぐ見つかり、その2年後にそこで知り合った彼と結婚する、と真生子に報告されたとき、これでやっと真生子も幸せになれるんだな・・・と思って、自分のことのようにうれしかった。
 そしてあっという間に結婚式の日を迎え、あたしは友人代表で真生子へのお祝いスピーチをすることになった。

 「・・・真生子さん、ここまで来るのにいろんな回り道をしたかも知れません。
 だけどそうやって今の幸せと、直紀さんという素敵な旦那様と出会えたのだから、 絶対になくしたり、離したりしないでください。
 直紀さん、私たちの大切な友人である真生子を、誰よりも幸せにしてあげてください。
 ・・・今日は本当に、おめでとうございます」

 式が終わり、二次会の会場へ移動しようとしたとき、真生子があたしを呼んでいるから、と係の人が控室に案内してくれた。
 「・・・今日は本当にありがとう、優海。口下手のあんたにしちゃいいスピーチだったよ」
相変わらずな真生子に苦笑いするあたし。
「『回り道をして幸せをつかんだ』花嫁のブーケだからね、ちっとは御利益あるかもよ?早くいい人見つけなさいよ」
いたずらっぽく笑って、真生子がブーケをくれた。そして急に真顔になってこう言った。
 
 「今のあたしがあるのも、あの時優海がこっちに帰ってこいって言ってくれたからだよね。本当に感謝してる。ダンナももちろん大切だけど、あたしにとって優海は本当に大切な人…あたしの大事な親友なんだから。優海があたしに幸せをくれたんだから、優海にも幸せになってほしいよ。
・・・あたしね、一番最初の子供には男でも女でも『ゆうき』ってつけたい。優海の『優』と真生子の『生』って字を書くの。生まれてきた子供が、あんたのように優しい素直な子に育つように」

 女同士の友情は成立しにくい、ってよく言われる。
 最初に真生子を見たときは、きつそうで、恐そうで、絶対自分とは友達になれそうにないタイプの人だって思った。だけどささいなきっかけで仲良くなって、こわれることなく今のあたしたちがいる。
 空に無数の星があるように、地上にはたくさんの人がいるのに、あたしたちはめぐりあって、愛とか恋とは全く別の強い絆で結ばれている。その絆は何かのきっかけで突然切れてしまうかもしれない。だけど、だからこそ大切にしたい。真生子のような『親友』は、捜そうと思っても、そう簡単に出会えないと思うから。
 いつか年齢を重ねてよぼよぼのおばあちゃんになるまで、真生子との友情を守り続けていきたい。今のあたしは心からそう思っている。

 いつも変わらない輝きで夜空を彩り続ける星たちのように、ずっと、いつまでも・・・・・・。
               
                                               (終)
From Yuzuki
某サークルに参加するために書いたお話。
テーマは「女の友情」。
恋愛より軽いといわれても、女の友情って結構強い絆で結ばれてると思うのです。
この物語には続き、っつーか真生子視点のお話もあります。
こちらからどぞー。


templates by A Moveable Feast
Graphics by RELISH